第14章「きおく」 3-4 よほどに慎重に進めている
だが、エルフのほうからそう訴えることで、少なくとも領主家にはグラルンシャーンと卸商組合に対して疑念が生じ、調べが入るだろう。調査さえ入ってしまえば、何らかのホコリが出るはずだった。
「でもよう、大酋長が領主とも手を組んでた場合は、どうなるんだよ?」
「む……」
もしそうだった場合、ラサンクールと仲間はおしまいだ。
「さすがに、子爵とは手を組んでいないだろうと思う。ダンテナまでエルフが行っているという話は、聴いたことが無い」
ラサンクールがそう答える。一族内で、少しずつ情報を集めている。やはり、ゲーデルエルフが交流している人間は、古くからタッソまでだ。
そもそも、フランベルツの地方領主だったリーストーン卿が、皇帝よりゲーデル山麓に新たな領地を与えられ、ゲーデル山に領民ごとやって来たのは、たった350年ほど前だった。そのころにはもうグラルンシャーンは若き酋長として辣腕をふるっており、かなり抵抗したという。当時の皇帝が仲裁を行ったほどだ。それ以降、グラルンシャーンはリーストーン家に一物を持っており、手を結ぶのは考えられなかった。本来であれば、リーストーン家直轄であるはずの卸商組合と手を組むのも、ありえないほどだ。
それが、金のために手を結んでいるのだから、グラルンシャーンの変わり身というか、現実主義さがわかるというものだ。
だが、いまのところグラルンシャーンが領主と手を組む意味やうまみは、無いとラサンクールは判断していた。
「やってみる価値はある。問題は、グラルンシャーンのやつに見つからず、どうやってダンテナまで行くか、だ」
「ただ行ってもダメだろ、いきなり行って、領主は会ってくれるのか?」
「それもある。知恵の絞りどころだぞ」
「そうだなあ……」
6人が、夜の牧草地キャンプで頭を抱える。狭い集落、狭い世界だ。誰それがしばらく行方不明だ、などというのはすぐに分かるし、出かけたと云ったところでどこに何をしに行ったのか、となる。誰がどこに行こうか関係ないだろう、というのは自由社会に生きている我々の発想であり、狭いうえに階級社会の共同体では、支配者の目の届かないところで秘密作戦を実行するのは至難だ。
「少しずつ、考えようじゃないか……」
と、なった。
「ところで、ラサンクール、娘は元気か?」
「ああ、元気にやっている」
「いくつになった?」
「いくつだろうな……50を超えていると思ったが」
人間でいうと、5~6歳ころだ。
「忙しいからな、正確には覚えてないか」
「いちいち数えていないよ」
ラサンクールが笑う。
「ひどい父親だ」
「ラートに聞いておく」
ラートとは、ラサンクールの妻のラートブスプリ-ンのことである。働き者で、牧場と家の内側を取り仕切っている。
ホーン酒を飲みながら、それからは楽しく語り合った。
その様子を、かなり離れた場所の茂みから、竜に乗ったままの兵士が監視していた。
「まだ尻尾を出さんか」
報告を受けたグラルンシャーンが、少し呆れて云い放った。
「はい、よほどに慎重に進めている様子」
「であれば、よほどに大きな謀を企んでいるということか」
「分かりませんが……」
「まさか、我を排除しようというのでは……」
「まさか!」
兵士が、薄緑色の目を丸くした。
「いったい、御屋形様を排除しようなどと……どうやって」
「それを探るのが、おまえの仕事だろうが」
「ですが……不可能です。考えつきません」
「お前たちの中に、裏切者は?」
「いるはずも御座いませぬ!!」
「わからんぞ、気を抜くな。各部隊長にも、我のほうで気を配っておく」
「……畏まりました」
兵士はいっそう表情を厳しくし、礼をして下がった。
席を立ったグラルンシャーンは、木窓より美しい夏のゲーデル山麓を見やって、
(もし我であったら、我をどのようにおとしいれる……?)
それを、じっくりと考えはじめた。
結論から云うと、それから27年ものあいだ、ラサンクールは作戦を実行しなかったし、できなかった。エルフにとって27年などというのは、我々の2~3年程度の時間感覚であったが、人間にとっては人が入れ替わるのに充分すぎる時間だ。




