第14章「きおく」 3-3 政変
「あまり接近できませんでしたので、何を話しているのかは分かりませんでしたが、額を寄せ合うようにして声を潜め、ずっと密談をしており、楽しいとか、疲れを癒すとか、そういう雰囲気ではありませんでした」
「ふうん……」
屋敷の広間で、配下の竜騎兵の1人からそう報告を受けたグラルンシャーン、椅子に座ったまま眼を細めて顎を撫でつけた。
ラサンクール達は、警戒していた通り、夜の牧場を見回る竜騎兵の1人から監視されていた。
ただし、同じエルフ……片や兵士で片や労働者とはいえ、接近するゲドルや兵士の気配を容易につかむため、遠巻きでの監視だった。
「我の悪口ていどであれば、まだよいのだが喃」
「いかさま。しかし……」
「フン……泳がせておけ。いずれ、一網打尽にする。引き続き、見張っておれ」
「畏まりました」
無表情で兵士がそう答え、下がった。
いつも渋い顔のグラルンシャーンが、いつの間にかニヤニヤしはじめた。
反旗を翻すと云っても、一揆ではない。仲間を募りすぎると密告される恐れもあるし、5人はじっくりと事態を進めた。その代わり、やるときは一気呵成にやる。
秋ごろに、5人のうちの1人が、タッソへ向かうことになった。
行くからと云って、すぐにどうこうではない。
卸商組合との打ち合わせの同行にすぎず、その者は初めてタッソへ行くので見物がてら状況やタッソの視察を行った。
ラサンクールは周到にことを進め、5年後の夏までに5人全員が一度はタッソを訪れられるように仕組んだ。
ラサンクール自身は、3回ほどタッソに行ったことがあった。
「タッソで何かしようとしても、だめだな」
仲間の1人がしみじみと云う。
その年も、ラサンクールの手伝いで集まった仲間に、山羊の飼育や特別な牧草の植え方、その数種の牧草の配合の仕方などを伝授するという名目で、密儀を行っている。ゲーデル山羊はこの牧草の種類やその配合、また牧草以外の木の皮や木の実などのエサが重要で、各家や部族に秘伝があり、グラルンシャーン家のエサは特に厳しく秘匿されている。ラサンクールが仲間にその秘伝を伝授するのは、ラサンクールの勝手だ。
「な? おれの云った通りだろう」
ラサンクールは、それを認識させるためだけに5年をかけた。
里で密儀を行うのは、流石に危険すぎた。どこにグラルンシャーンの手のものが潜んでいるか、知れたものではない。それほど、ゲーデル牧場エルフにとってグラルンシャーンは絶対的な支配者だった。
「こうなれば、やはりリーストーン子爵に直訴するしかない……」
ラサンクールの決断に、仲間たち、
「どうやって?」
「まさか、ダンテナまで行くのか?」
「禁止されているぞ!」
「いまさら、何を云ってるんだ」
ラサンクールが厳しい表情でささやいた。
「禁止もへったくれもあるか。そもそも、俺たちがやろうとしていることはぜんぶ禁止も禁止、見つかったらただじゃすまされないことばかりだ。でも、やらないと里がどうにかなっちまうから、やるんだろ!?」
「む……そうだ、その通りだ」
「大酋長には、いい加減、引っこんでもらわないと……!」
6人が行おうとしているのは、一揆やクーデターではないが、政変には違いなかった。
しかも、内部からの政変ではなく、リーストーン卿という外部勢力の介入による政変だ。
「具体的な手法は、こうだ。ずっと考えたが、これがいちばんいい」
ラサンクールが話すには……。
密かにダンテナへ向かい、領主に接触する。
グラルンシャーンとタッソの組合の癒着を訴える。両者は、ゲーデル山羊製品の価格や流通を自分たちだけが設けるような仕組みにしている。
そのため、リーストーン家へ納められる税も不当に少なくなっている。
そこで、ラサンクールが領主家と直接取引を申し出る。
それにより、リ-ストーン家は組合を介さず、各国へゲーデル山羊製品を直に売りさばくことができ、価格を好きなように設定できるため、うまみが大きい。
あとは、領主家の権限と兵力で組合を制御し、最終的にグラルンシャーンを排除する。
次期酋長はゴトルンシャーンでもいいし、ラサンクールでもいい。
そういう筋書きだ。
じっさい、卸商組合がグラルンシャーンと組んで帳簿をごまかし、脱税をしているのかどうかは、分からない。証拠もない。




