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第14章「きおく」 3-2 ラサンクール

 竜騎兵を含むゲーデル牧場エルフの戦力を完全に掌握しているグラルンシャーンに武力で勝つのは、とうてい不可能だったからだ。やるとしたら、外部より兵力を融通しなくてはならず、そうなればゲーデル山岳エルフかリーストーンに頼むしかない。


 どちらも、グラルンシャーンと深く同盟や金銭で結びついている。

 軍事クーデターは、事実上不可能なのだ。


 で、あれば牧場経営で勝つ……とまではゆかずとも、せめて匹敵する大牧場を作って対抗するしかないというのが、ラサンクールの結論だった。


 とはいえ、かなりグラルンシャーンに借金をしているのが現実だった。


 エルフは人間ほど貨幣経済に依存はしていないが、便利で珍しい人間の農機具や同じゲーデルエルフの亜種で金属加工に優れたゲーデル山岳エルフの道具などを買うのに、金を借りていた。牧場を拡大するのに、どうしても必要な初期投資だったのだ。


 というより、グラルンシャーンがそれらの流通も牛耳っており、グラルンシャーンから借りた金でグラルンシャーンから物品を買っているため、まったくマッチポンプだった。これはもう、健全な経済活動とは云えぬ。


 そうやってグラルンシャーンは、牧場エルフ達を経済的にも支配していた。


 ラサンクールは経済的な見識もあり、その面でもグラルンシャーンをどうにかしたかったのだ。


 しかし……繰り返すが、ラサンクールにもう少し中長期的な慎重さや狡猾さがあれば、グラルンシャーンが死ぬまで我慢しただろう。いくらエルフが長命とはいえ、もう700歳も近くなっているし、どうせ、あと200持つか持たないかだ。800歳、900歳、さらには1000歳を超えるエルフもいるにはいるが、人間で云うと100歳超えに匹敵するので、さすがに現役は難しい。


 焦った……というより、そこはやはり若さゆえの驕りというか、分別の無さだったとしか云いようがない。


 「じっさい、どうするんだ?」


 仲間の1人が尋ねた。みな学があるわけではないので、義憤や不満があっても、解決する方法が分からない。何をどうしたらよいのか、思いもよらない。ラサンクールは、そんな仲間を引っ張る知識や見識があった。そこはグラルンシャーンの一族であり、それなりの教育を受けているのだ。


 「タッソの組合は、グラルンシャーンとガッチリ手を結んでいる。グラルンシャーンを通さないと、山羊製品は売ることができない。まず、そこがおかしい。そう思わないか?」


 「そうなのか?」

 5人の「仲間」と云っても、実質はこんなレベルだ。


 「そうだとも! いいか、オレの考えではな……リーストーン卿にかけあって、組合との取引にオレたちも入れてもらうんだ。もしくは、組合を通さないで、リーストーン卿が直接、製品を売りさばく。そのためには、リーストーン卿に直に頼まなくっちゃならない」


 「どうしてだよ」


 「組合に頼んだって、あいつらはグラルンシャーンの味方だ! 無視されるし、グラルンシャーンに密告されでもしたら、こと・・だ」


 「それもそうだな……」


 5人のうち、ラサンクールと同じ牧場主は3人、残りの2人はその牧場の使用人頭だった。ラサンクールの使用人は、この密儀に関与していない。


 グラルンシャーンの飼っているゲーデル山羊は600頭にもなり、里でも随一だった。それに次ぐと云われるラサンクールですら、やっと250頭だ。その他の牧場主たちは多くて100頭、ここにいる3人はそれぞれ60頭、40頭、35頭という規模だ。本来はみなそれくらいであり、グラルンシャーンの異常さが分かるだろう。 


 5人は慎重に話を進め、その日は休んだ。

 だが、すでに彼らは監視の対象であった。


 グラルンシャーンは、一族といえど自分を脅かす存在を許さなかった。いや、むしろ一族だからこそ、許さない。許されない。


 ラサンクールが頑張って山羊を増やし、飼育ノウハウを開発して良質の毛を取り、一族や里に貢献しているのは誰もが認めるところだったので、表立っては敵視しないでいる。


 しかし、その実は、これ以上の規模拡大や影響力の増大をまったく望んでいなかった。


 というのも、一族であるので、逆に側近として取りこめないからだ。本来は同格のはずだが、手下にしている2人の事実上の副酋長は別の部族なので、酋長を子分にすることで一族ごと配下に置けている。


 であれば、このままラサンクールの実力や影響力が増大すると、部族の次期酋長候補として筆頭に躍り出てくる可能性があった。


 グラルンシャーンも、不死身ではないことはじゅうじゅう承知している。

 自分の牧場は、息子に継がせたい。

 そのためには、取りこめない敵対勢力は潰すしかない。

 いやそのほうがむしろ、牧場を接収できる。

 なんとか、その口実を探っていた。

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