第14章「きおく」 2-14 ガドナンの火
「ぬおおおおお!!」
ガドナンの斜め後ろより、サリュフォが両手持ちの大ハンマーを打ちつけた。さしもの甲殻も、衝撃が内部に浸透する。サリュフォの持つ重量が魔法的に軽減されるだけで、ハンマー自体は250キロほどもある。
さらに攻撃力付与+70にくわえ、魔法効果で超風圧がガドナンを襲った。
ゴハールも少し効果に巻きこまれたが、その風圧攻撃を知っていたので、これはなんとか転がるようにしてギリギリで効果範囲外に逃れた。
ガドナンの身体が異様な方向に曲がり、石畳に叩きつけられる。石畳も衝撃と風圧で破壊され、飛び散った。
「もう一丁だあああああ!!」
サリュフォがハンマーを振り上げ、倒れ伏すガドナンに打ちつけようとしたとたん、ガドナンめ、口と思わしき部位より、猛烈な炎をサリュフォめがけて噴射した。
大歓声が驚愕の声と悲鳴に代わり、観客どもが戦慄した。
サリュフォの魔法の鎧は火炎も含む対魔法効果も高いが、その火は魔力自体が燃えており、ナパーム火炎放射めいてサリュフォにまとわりついて消えなかった。
(ううおッ……な、なんだ、この火は……! それに……息が……!!)
熱より、酸素不足によりサリュフォは苦しんだ。このままでは、窒息してしまう。
(クソッ、クソが……!)
ハンマーも打ち捨て、何とかサリュフォが火を消そうそする横を、助ける余裕も方法もその気もなく、ゴハールとギャブィラが起き上がろうとするガドナンにとびかかった。
ギャブィラは獣人であるが武器を持つタイプではなく、人間離れした力で戦う。とびついてその大牙を本能的にガドナンに首に突き立てたが、ガドナンはかまわず起き上がって、なんと続くゴハールの斬撃にギャブィラを向け、楯とした。
「!?」
ゴハールはギャブィラの背中にサーベルを叩きつけるところだったが、ギャブィラが凄まじい身体能力で咬みついたまま身をひねり上げ、いったん離れてガドナンの背中に回ってその首に太い腕を回して猛烈に締めあげた。
同時に、ゴハールがガドナンの腰部関節部位にサーベルをこじ突き入れる。
ガドナンは魔物なので呼吸をしているわけではないが、頭部に外部情報を収集する器官があるのは他の生物と変わらず、バギバギと首を捻じり締めあげられ、視界が揺らいでよろめいた。
そこに、装甲の隙間に刃を突き入れたゴハールが、その刀を折れんばかりに抉りあげているため、さすがに動きが鈍った。
「おい、サリュフォ、いまだ!」
滅多に話さないゴハールがそう声を張り上げたが、観客の歓声で何も聴こえなかった。聴こえていたら、女の声で、マンシューアル語だったのが分かっただろう。
「負けそうだぞ」
そんな様子を見て、レミンハウエルがそう云った。
「御待ちを。負けるにしても、弱点が分かれば改良できますし、この戦いは役に立ちます。それに、まだですよ。ガドナンは。道連れに1人、2人は……」
「ほう」
レミンハウエルは、少し興味が出てきた。あそこから、どうやってガドナンは勝つというのか? 隠された攻撃方法でもあるのか?
「サリュ……!」
ゴハールが、何の反応もないのでふり返ると、サリュフォはまだ燃えていて……というか、さらに炎がゴウゴウと高く立ち上ったまま倒れ伏していた。まるで、火葬だった。まったく動かない。
(マジか……まさか、焼け死んだのか!? あの鎧も、対魔法能力があったはずだ!)
ゴハールはそう思ったが、実際は窒息で気絶したところに、ガドナンから自然に魔力が補給され、鎧の対魔・耐火能力を超えて中の人が焼け死んだのだ。
(チクショウ!)
気がつけば、ガドナンは少し身をよじって装甲でゴハールの剣を挟んで、それ以上、刃が通らないように押さえこんでいる。
さらに、背中へ回って首が引き千切れんばかりに捻じり絞めていたギャブィラが、いきなり大量の血を吐いて苦悶にうめき、その腕を外して身をよじった。なんと、ガドナンの背部の装甲より剣のように巨大な刺が突き出て、ギャブィラを串刺しにしている。
その状態はゴハールから見えず、ゴハールは何が起きたか分からなかった。ただギャブィラの聴いたこともないような、絶叫めいた咆哮に、異変が起こったことを察知する。
瞬間、ガドナンがゴハールを前蹴りにし、ゴハールは剣を離して後ろに転がった。
すぐさま起き上がったが、もう、ガドナンが背部のギャブィラを振り落とし、踏みつけて押さえながら、鋭い爪を立てて引き裂いていた。
血と肉が飛び散り、観客のヴォルテージが最高潮に達した。
ゴハールは冷静に状況を確認し、燃え盛るサリュフォの近くに大ハンマーが落ちているのを確認した。
そのまま走って吶喊しつつハンマーを拾い上げ、片手で振り上げてガドナンに迫った。




