第14章「きおく」 2-11 賭け死合
その、うすら寒さすら覚えるほど凝縮され、練りこまれた魔力に、ターリーンは己の支配者ながら怯み、後退った。
「わ……我が主よ、そこまでの御方が、なぜさらに上を目指そうと? ま、まさか、他の魔王に御挑みに?」
「そんなことはしないよ」
「で、では……」
「おれを魔王にした大暗黒神様がな……そろそろ限界らしい」
ターリーンは、レミンハウエルが意外なことを云ったと思った。
「え? 大暗黒……バーレナードビュラーヴァル神が、ですか?」
「そうだ」
世界を支えるという帝都の3柱の神は、ターリーンも知っている。
しかし、その神の1柱よりレミンハウエルが魔王号を授けられていた、というのは知らなかった。
しかも、限界……とは?
「どういう意味でしょうか」
「そういう意味だよ。もう世界を支えるのは、限界らしい」
「に、にわかには、信じられませんが」
「おまえが信じようが信じられまいが、知ったことか」
「も、申し訳も……」
「だが、おれごときでは、とても大暗黒様の代わりは務まらん。世界中の魔王を全て倒すなど、不可能だ……! だから、せめて大暗黒神様が少しでもその御力を長く発揮できるよう、御守護奉りたいのだ。中途半端で愚かな挑戦者の壁となり、また帝都に現れ続けているという未知の怪物どものうち、万がいち特任教授や皇帝騎士どもの手にはおえんやつが現れたら、魔王が排除しなくてはならない。……そのために、新参魔王として、もっともっと力をつけなくては……と思っている」
思いもよらぬ魔王の想いの吐露に、ターリーンは感激に打ち震えた。
「そのような深き御考えがあろうとは、露とも思わず……」
「おれの酔狂だ。付き合ってくれれば、それでいい」
「もちろん! どこまでもつき従いまして御座います!!」
「おまえに製作を命じている、魔導兵器もな」
「ハッ」
「人間の魔術師にも容易に支配できる強力な魔物を多数、製作できたら、もちろん大暗黒神様に献じ奉る。御守護のためにな」
「さ、左様で御座いましたか!!」
ターリーンは、初めて自分が長年研究開発している魔物を改造した生体魔導兵器の製造目的を知った。
「魔王様、せっかくですので、先日、納めたばかりのガドナンを御覧になりませんか」
「ガドナン?」
「まだ、試作ですが。フィーデ山で、洞窟エルフどもが飼いならしている魔物です。それを、改造しております」
「いいだろう」
翌日、眠る機能のない2人は適当に時間を過ごし、賭け死合と名高いフィッシャーデアーデへ向かった。試合方式の賭け事で、相手が死ぬまで行うのは、帝国では禁止である。それを白昼堂々と行っているのだ。帝都の暗黒街ザンダルでも行っていない。
メイン戦は夕刻からだったが、今時期はまだまだ明るい。
「すごい人間の数だな、そんなに面白いのか」
今まで全く興味のなかったレミンハウエルが、まずその人出の多さに驚いた。会場はいくつかあるが、最も大きいのは最大で3000人は入る闘技場だった。
「これまでは南方域の獣人を捕まえて洗脳、肉体を強化するなどしていましたが、やはり純粋な魔物を使ったほうがやりやすいし、強く頑丈でして」
「そりゃそうだろうさ。しかし、そこらの魔術師や、まして一般人に強力な魔物をどうやって使わせるんだ?」
「実は、そこでして……」
魔物自体を強化しようと思えば、いくらでもできる。しかし、それを市井の魔術師や興行主や調教師ていどの人間の云う通りに動くようにするのが至難だった。
なにせ、魔物は魔力でないと支配できない。強力な魔物であればあるほど、強大な魔力、強力な魔術師が必要になる。それこそ、ルートヴァン級の。ちなみにキレットやネルベェーンはそこまでではないが、当初から魔獣を操る専門の秘術の使い手で、特殊な魔法使いなのだ。
「さあ、今日は特別戦だ! フィッシャーデアーデ重量級第1位から3位までが総力戦で、特別な相手と戦うよ! さあ、入場券を買った買った! いったい誰が生き残るのか! 1人か2人か3人か! はてはあえなく全滅か! 単勝、連勝、賭けはあっちの窓口で!」
口上に客どもが右往左往、多数の屋台もあり、さらにはダフ屋に予想屋にスリにかっぱらい、ケンカ屋に仲裁屋に野次馬と会場前広場は御祭り騒ぎであった。




