第14章「きおく」 2-9 急性高濃度魔力障害
「いや、面白そうだから話を聞こうかなと思ったのだ」
「そのような……御止めくだされ」
「どうしてだ」
「どうしてって……」
ターリーンはしかし、自分の諫言などレミンハウエルの好奇心の暴走にとって何の意味もないことを知っていたので、黙った。
「おい、おまえ、どれだけ酒を飲んだらそうなる? 観たところ、明らかに人間の致死量を超えているが……どうして死なないんだ? 特殊な魔力のせいか?」
「おさけ……おさけください……」
真っ暗な中で、魔力の合成音のような声に、ペートリューがそう反応した。
「まだ飲めるのか? すごいな、おまえ……というより、酔いがどんどん醒めていってないか? どうなってる? 本当に人間なのか? 俺の知っている人間とは、明らかにちがう!」
「いいからおさけ……」
「酒か……よし。ターリーン、少し酒を買ってこいよ」
「えええッ!?」
ターリーンが眼をむいて驚いた。
「ほら、早く……」
どうせ何を云っても聞かないので、ターリーンは奥歯を噛みつつ、どこか酒の売っているところを魔力で探し、その場を後にした。
その間、レミンハウエルは魔力でペートリューを持ち上げるようにして立たせ、
「歩けるか?」
「あるけまぁす……」
などと云うが、ペートリュー、千鳥足どころではない。タコを陸に上げたようだった。すぐさま、グニャグニャになって地面に倒れ伏す。
「アッハハ! なんだ、こいつ!」
などとレミンハウエルが面白がっていると、いつの間にやらそこらじゅうに寝転がっていた浮浪者やら行き倒れやらが、
「旦那、あっしにも雄恵みを……」
「御恵み! 御恵みををを! 後生でぇええぇえ!」
「旦那、おれにも薬を分けてくれええぇえぇえええ!!」
「旦那様、雄願いでございます、少しでいいんで、薬と酒を買う金を……!!」
アッという間に、20人近くがレミンハウエルとペートリューを取り囲んだ。が、ペートリューは地面に倒れているので、メチャクチャに踏みつけられている。闇の中で、かすかな松明やランタンの明かりに、もうレミンハウエウルのローブをまさぐり、金を奪おうとした。
が、魔王の衣服を構成する魔力など、人間やそこらが簡単に触れてよいものではない。
レミンハウエルが何をするでもなく、急性高濃度魔力障害を起こし、ただでさえ酒や薬物で弱っている心臓が、万力で握りつぶされたように痙攣し、バタバタとその場に倒れた。明るかったならば、その手は腐って落ちる寸前のように真っ黒に変色しているのが分かっただろう。
面倒なのでレミンハウエルが魔力でペートリューを再び持ち上げ、首根っこをつかまれた猫のように、ペートリューが宙に浮いた。
そのまま、レミンハウエルが歩き出したので、ぞろぞろと浮浪者たちもあとに続き、そのまま次々に倒れ伏した。
そこでようやく、
「こいつは、ヤバイ」
と、分かったようで……直接触るのはやめ、取り巻きのように周囲を囲んで、ひたすら後をつける。
「御願いします、旦那様……少しで良いので……旦那様、何でもいいので雄恵みを……」
「ねえ、ちょっとそんなヘボ魔術師の小娘より、あたしのほうが……」
「ダンナ、御恵みして下せえ」
「旦那さまあ……後生で御座いますです……!!」
「そんなに恵んでほしかったら、死を恵んでやる」
そう云ったのは、酒を買ってきたターリーンだった。
「へっ……」
浮浪者たちの何人かが声のほうを向いたとたん、ターリーンの即死魔法ならぬ魔力の直接行使が炸裂し、15人ほどの浮浪者たちがいっせいに地面に寝転んだ。死んだのだ。
隠れてその様子を見ていた裏通りの組織の下っ端ども、いっせいに路地に消えた。
「レーハーの魔薬店の上客の魔術師2人組、若旦那とその従者には、手を出すな。アタマがおかしい」
その夜のうちに、その情報がフィッシャルディアとギーランデルに走ることになる。
そして、そんな2人に拉致されているペートリューに、同情と「ざまあみろ」という感情を向けた。ざまあというのは、拉致されているのは、このところの無銭飲食の常習者だったからだ。金のない者は犯罪者であるこの街で無線飲食など、痛めつけて叩きだすのが常の世界だったが、度を越して痛めつけようとすると、どういうわけかすごい力で反撃されるのだ。それはもちろん、ペートリューの無意識の魔力直接行使の片鱗だった。




