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第14章「きおく」 2-8 特殊な魔力

 シュベールはそう思い、キスをしまくる女に向かって、


 「やっぱり、部屋に行こう。いい宿を知ってるんだ。そこで、この間の裏話・・を……」


 「あの話は、高いですよぉ」

 「金は、あるさ」

 「さっすが子爵様ァ」


 女がシュベールにしなだれかかり、2人は腕を組んでイチャイチャしながら裏通りを歩き始めた。


 シュベールが尾行しなかったのは、云うまでもなく正解だった。ルートヴァンどころか、魔王レミンハウエルだったのだから。



 「しかし……かなりの粗悪品とはいえ、無何有ミレドをあそこまで復活させているヤツがいたとは、想像もしなかった」


 「はい」

 「いったい、どこの誰だ……? 帝都の魔術師か?」

 「それは、さすがに」

 「調べておいてくれ」

 「畏まりました」

 魔力通話でそんなことを話しながら2人が裏通りをそぞろ歩いていると、


 「このクソてめえ、いい加減にしやがれ!! 金のねえ奴にのませる酒はねえッつってんだろうがッ!!」


 そんな怒鳴り声がし、

 「そぉおんなころいわならぶにり……」

 「うるせえ、消えろ! どこに売り飛ばされたって知らねえぞ!」


 そうやって表通りに続く路地から蹴り飛ばされて転がってきたものが、そのままごろごろと2人の前まで転がってきたので、レミンハウエルが楽しそうに声をあげた。


 「なんだ、こいつは!?」

 「いや……さあ」


 この街で酔いつぶれる人間は少なくないが、ここまで酒漬けになっているような人間は、ターリーンも初めて見た。


 無意識で潜在魔力を探ったレミンハウエル、


 「……おい、こいつを探ってみろ。かなり特殊な魔力を有しているぞ。こいつは珍しい。魔術師だとしても、そうとうに変わっている。こんなやつは、見たことが無い」


 「はあ」


 レミンハウエルが珍しく人間相手にそう興奮するので、ターリーンも、転がったまま唸り続ける人間を慎重に探査した。


 だが、ターリーンのレベルでは、魔王が探るような結果は得られなかった。


 「え、こいつ、ほとんど魔力を感じませんが。これで魔術師だとしたら、とんでもないポンコツです」


 「そうか? そう感じるか……」

 レミンハウエウルが、真面目な顔でうなずきながら、足元の人物を見下ろした。

 この者、もちろん、ペートリューである……。


 このとき、ペートリューは既にリーストーンで魔術師ランゼの私塾に入っており、遅まきながら魔術の修行に勤しんでいたころだ。


 いま、ほぼ1年ぶりに所用でリーストーンよりフランベルツに帰ってきている。


 帰って来て早々、家にもよりつかずに、こうして飲んだくれているというわけだった。


 いや……家には寄ったのだが、この1年のあいだにギュムンデの官僚だった父親と、専業主婦の母親が不審死を遂げており、家……アパートの部屋はもぬけの殻だった。ペートリューは何も聴かされておらず、帰って来て初めて知った。


 ギュムンデ市役所は、かろうじてリーストーン家の支配が及ぶ狭い地域を緩衝地帯とし、3暗黒組織の調整役のような仕事をしていたが、利権の狭間で翻弄された役人の自殺、不審死が後を絶たない。もう、伯爵家からの派遣もなくなり、3組織の人間が役所も牛耳る寸前だった。


 そんな中で、ペートリューの父親は少ない伯爵家の人間として何年も真面目に勤めていたが、出納係として公金分配の調整に失敗し、妻と共に消されたのだ。


 領都ガニュメデで生まれたペートリューは8歳のころからギュムンデで育ったが、徹底的に街に馴染めなかった。いや、この世界でペートリューに馴染むような場所はほぼ無いといってよいのだが……中でもギュムンデは最悪だった。19歳で些少ながらも魔力が発現し、ランゼの私塾に入れたのは奇跡だった。もっとも、既に15歳から密かに酒におぼれていた。両親が、なんでもいいのでギュムンデから脱出させたのは、正解だった。この街に留まっていたならば、父親の前にペートリューが死んでいてもおかしくなかった。


 なんにせよ、1年ぶりにギュムンデに戻ったぺートリューは父母の死と家の消失という現実に耐えられず、ランゼからもらった駄賃で2日前から飲み続けていた。


 そしてついにその金も無くなり、いま、裏通りに転がされたのだった。

 「おい、おまえ、起きろよ」


 レミンハウエルがそんなペートリューにいきなりそう声をかけたので、ターリーンがびっくりして、


 「ま、魔王様、なにを……!?」

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