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第14章「きおく」 2-7 考えておく

 ターリーンがさっそく魔力通話で、

 「い……いかがですか? 魔王様」


 「うん……2割程度だな。完成度は。結晶化がぜんぜんダメだ。色が悪い。形も悪いし……味も、その程度だ」


 「左様で……」

 「おまえも、喰ってみろ」

 「よろしいので?」

 「もちろんだ」

 「では……」


 今の会話は高級ローブには聴こえず、黙ってレミンハウエルを観ていたターリーンが自らも小皿を手にしたように見えている。


 ターリーンも人間と似たような口中器官を有した魔族であり、そのまま氷砂糖の粒のような、砂粒のようなものを指でつまんで、口にする。


 「……おお……!!」


 人間の味わう快楽とは感覚が異なるのだが、とにかく人間でいうところの味覚中枢とそれに伴う快楽中枢の刺激に似たようなものがターリーンの魔力中枢を通して全身に行き渡った。魔力が、一瞬かつ多少なれど変質した。


 「これはまた、なんとも云えず……!」


 「こんなもので喜んでいたら、本当の無何有ミレドを喰ったら、おかしくなってしまうんじゃないか?」


 レミンハウエルが魔力通話でそう揶揄したが、ターリーンは聴いていなかった。

 「ま……魔王様、できれば、もっと……」

 「おまえ……」

 苦笑しつつレミンハウエル、高級ローブに、

 「おい、もう少し所望したい。……いや、在庫は、どれほどあるんだ?」

 「オォホッ!」

 飛び上がらんばかりに高級ローブめ、顔をほころばせた。


 「10粒ほどで御座います!!」

 「全部もらおう」

 「オホオーッ! ホホッホ!! ホホゥ!! 御有難う御座います!! おい、おい!」

 残りの13粒が用意され、ターリーンが13000トンプを即金で払った。

 「オホホホーーッッ! どうぞ、御ゆっくり……!」


 高級ローブが数か月分の稼ぎを1日で達成し、満面の笑みで2人に何度も御辞儀をすると、金をもって裏に下がった。


 けっきょく、レミンハウエルが3粒、ターリ-ンが10粒を食べたのだが、レミンハウエルは3粒でもう飽きてしまい、残りをターリーンがゆっくりと味わいながら口にした。


 帰りしな、高級ローブの男が地上まで出てきて2人を見送った。


 「何卒、これからも御贔屓に……ザンダルよりの特別なツテで、無何有ミレドを入手できるのは、当店だけで御座います……!」


 「考えておこう」

 などとレミンハウエルは云ったが、二度と、訪れることは無かった。

 その代わり、ターリーンがちょくちょく御忍びで食べにくるようになった。

 


 その、店から出てくる様子を、たまたま1人の男が見止めた。


 見るからに豪奢な身なりの20代なかほどの遊び人で、高級娼婦を連れて裏通りを歩いていたところだったが、いきなり女を抱きかかえて路地に入ったので女が驚きつつも男に抱きついた。


 「こんなところでぇ……」


 というわけで、男は女の相手をしつつ、店から出てきて高級ローブがペコペコする2人組の客を凝視した。裏通りはランタンや街路灯、松明も表通りほど多くなく、店の前も真っ暗で表情もよく見えなかったが、3人の様子は分かった。


 この男、云うまでもなく、フランベルツ伯爵家家宰であるグレイトル将軍の命により、ギュムンデの情勢を偵察しているシュベール子爵である。フランベルツ家に仕える、国衆の1人だ。


 シュベールは、2人が出てきた店が特別な薬物を扱うギュムンデでも唯一の店であること、ペコペコしているのが地下2階の「特別な部屋」の支配人であることを知っていた。


 その支配人があそこまでペコペコしているのを、シュベールは初めて目の当たりにした。


 (あの2人……どれほどの上客なんだ? まさか、どこぞの王族か……?)


 そして、店から離れる2人が松明の近くを通り、その独特の魔術師ローブを確認した。


 (魔術師だ……! ということは、噂に名高い、ザンダルの魔薬を……? そして王族で魔術師となると……もしや、ヴィヒヴァルンの王子大公か!?)


 シュベールはそう思って、女を置いて後を追おうと思ったが……やめた。本当にヴィヒヴァルンのエルンスト大公が御忍びで来ていた場合、シュベールの尾行など警戒魔術でたちどころに判明するだろうし、魔術で襲われた場合、対抗できない。


 (ヴィヒヴァルンでは、魔薬の使用は例外なく死刑だったはず……危険な御遊びも、ほどほど・・・・に……)

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