第14章「きおく」 2-4 御家再興
「しかたねえ……相手は魔術師だ。次に、うまくやりゃあいいさ」
フューヴァがそう慰め、
「ほら、駄賃だ。少ねえけど」
フランベルツのトンプ貨幣を出す。銅貨……ダラ錢だ。全部で、30トンプあるかどうかだった。
「姉貴! だめだよ! これ、姉貴の稼ぎじゃないか……」
「いいんだよ」
通りのほうから漏れる大型ランタンや松明の光に、子供たちのなんとも云えぬ、嬉しさと申し訳なさの入り混じった表情が赤く映った。
「今日は解散だ。また、連絡する。冷えてきたから、風邪ひくなよ」
初秋、子供らをねぐらに返し、フューヴァは眼を細めた。
これで、5連続の失敗であった。
「あいつら、使えねえわ」
フューヴァの後ろから近づいてきたレーハーの下部組織の若いのが、無遠慮にフューヴァの肩に肘を置き、
「ちがうガキ集めとけよ。あいつらは、御払い箱だ」
「もうちょっと、待ってくれよ……」
「嫌なら店に売れ。農家でもいい。分かってるだろ」
「分かってるけど……」
女児で見た目がいいのは、下働きから遊女として生きて行けなくもない。ブサイクはもうだめだ。死ぬまでこき使われるか、レーハーでも把握していない最下層のゴミ溜めみたいな場所で、最下層相手に身体を売るしかない。
男児は、死ぬまでこき使われて死ななかった丈夫で根性のある奴だけが、のし上がって生きて行ける。
スリや伝達、ケンカで使える奴は、組織に目をかけられて正式に構成員にもなれる。
少なくともレーハーでは、この児童集団スリは組織の構成員として生きてゆけるかどうかの非情なる試験でもある。同じようにケンカに強いのはフィッシャルディア、アタマがよく計算のできるやつはギーランデルでのし上がる可能性がある。
痩せてソバカスだらけの大して見た目の良くないフューヴァは、まずスリとコソ泥でレーハーに所属できたクチだ。その後、昨年に15歳で店に出た。大して客もつかないが、どこにでも物好きはいるもので、スレンダーのブス専みたいなニッチを埋めている。別に好きで店に出ているわけではないので、それほどウリで稼ぐつもりもなかったが、手下のガキどもに小遣い銭も出す必要もある。
なにより、「御家再興」のためには、少なくともいま死ぬわけにはゆかぬ。なんでもいいから、生きるためには手段を選んでいる場合ではない。
手下のガキどもを入れ替えるのも含めて。
(御家再興か……)
考えるたびに、絶望感に苛まれて死にそうになる。
フランベルツの小さな地方領主(国衆)だった曾祖父のプチーツァル子爵が、マンシューアル藩王国との戦争に大敗して領地を奪われたのが約40年前。先帝の調停によりフランベルツ地方伯が領地を買い戻したのだが、その際の敗戦の責任と借財のカタにプチーツァル卿は領地を地方伯に召し上げられたとされる。
その後、卿の孫であるフューヴァの父親が流れ流れてギュムンデにやって来て、酒と博打と女とクスリにおぼれ、典型的な敗残者として野垂れ死んだのが、8年前。フューヴァが8歳のころだった。
自動的に爵位はフューヴァに引き継がれたが、帝国の慣習により、領地を失った貴族の爵位は4代目までで、その後は自動消滅する。
すなわち、フューヴァが失地回復しなければ、ただでさえ事実上滅亡しているプチーツァル家は、正式に滅亡するというわけだ。
そんなヨタ話をこの街の誰も信じなかったし、フューヴァ自身も半分も信じてはいない。
しかし、父の死の2年後に母親も死に、一族郎党も今となってはどこで何をしているのか全く分からなくなった身としては、この街で生きるよすがはもうそれしかなかった。
フューヴァは苦虫をこれでもかとかみつぶし、新しい「もっと使える」ガキどもを集める他は無いとハラをくくった。
そのころ、レミンハウエルとターリーンに、新しい客引きが接近していた。
高レベルの魔術師が裏通りに来る目的は、高確率で薬物だったため、レーハーの上のほうの人間が直接接触する。
「旦那……旦那……」
路地の奥から、狙いすましたように真っ黒いフード付ローブ姿の男が2人に接近した。
「なんだ」
ターリーンが、迷惑そうに声を出した。
「ザンダルから届いたばかりの、珍しいのが入ってますよ……」
「何の話だ?」
「無何有っていうんですが、ね」
「なんだって?」
そう、興味を示したのは、レミンハウエルだった。ターリーンも意外そうに、
「御存じで?」
と、尋ねた。




