第14章「きおく」 2-3 ガキども
今の客引きども、さっそく裏通りの担当者に連絡を走らせる。見たことのない御大臣ぽい魔術師と御付が来たので、カモれと。
その連絡は、たいていが組織の下部の下部のそのまた下部が使っている「ガキども」だ。
ギュムンデの下層に生まれた子供は、そうした使いっ走りからのし上がらなくてはならない。使いっ走りもできないような愚図は、生きる価値がない。
ところで、御大臣と云っても、魔術師は少し扱いが異なる。
この街は基本的に無礼講なので、街の外では身分のある者も、街中に権力や権威や兵力を持ちこむことはできない。そのために武闘派のフィッシャルディアがいるし、フィッシャルディアの抱える闇闘技場の闘士達がいるし、その上には魔族ターリーンや魔物がいる。
そして、ターリーンの上には魔王レミンハウエルがいるのだ。
しかし、魔術師はいきなり強力な催眠だの、即死魔法だのを使う可能性がある。
魔術師には、店も最初から魔術に心得のある者をあてがわなくては、リスクがある。
そんなわけで、久しぶりにギュムンデを訪れてウキウキのレミンハウエルと渋い顔のターリーンがそぞろ歩いて表通りから裏通りに入っても、すぐに客引きは近寄らなかった。
「ここも変わらないなあ」
レミンハウエルが嬉しそうに魔力通話でそう云い、
「そうですね」
ぶっきらぼうにターリーンが答えた。
ちなみに、レミンハウエルが御忍びでギュムンデを訪れていることを、ターリーンは誰にも話していなかったので、フィッシャルディアの幹部を含めて、街の者は誰も知らなかった。
「よし、行け」
レーハーに所属している見た目も実績も下っ端の売春婦にして、これも見習いに近い盗賊の若い女が、手下にしている数人のガキどもにそう命じた。
8~10歳ほどの薄汚い男児が、闇に紛れてレミンハウエルに向かって走る。
まず、ガキどものスリで試す。
成功とか失敗は問題ではない。
ここで、いきなり魔術師がガキどもに魔法を使うかどうか、使ったとしてガキ相手にいきなり斬撃とか即死とか、ガキの1匹や2匹など犬ころのように殺せる魔法の矢を使うかどうかを見極める。つまり、捨て石だ。まさか街中で火球を使うようなアブないやつ(いないわけではない)であれば、端から客扱いしない。全力で排除する。
「スリ」という存在(人間の職業)は、ターリーンはもちろん知っていたし、これまでの御忍びでレミンハウエルも知っていた。ただ、金銭を持っているとはいえカバンやサイフで持っているわけではなく身体のどこかに魔力で隠し持っているし、魔力で常に周囲を感知しているしで、子供のスリなど成功するはずもなかった。
ただ、近づく虫をいちいち皆殺しにするまでもなく、手で払うくらいだった。
3人が裏通りを走り、後ろから追い抜きざまにわざとぶつかって、ケープマント状の魔術師ローブの合わせに手を突っこむ。この街に来る魔術師のほとんどが肩下げカバンや、魔術師ローブの内ポケットに財布を入れていた。ターリーンとレミンハウエルはカバンを持っていなかったので、必然ローブの内ポケットに財布を入れている可能性が高い。
が……。
走ってくる子供など、2人は10メートル以上も向こうから魔力で探知していた。
「魔王様、焼き払います」
念のため、ターリーンが許可を得る。レミンハウエルが、酔狂により自分でそれを行うかもしれなかったから。
「ほっとけよ」
「しかし……」
「どうだっていいだろ、人間の幼体なんて」
「ハ……」
魔王がそう云うのであれば、ターリーンに否やはない。
3人の子供が、いかにも夜の街を駆けぬけているような感じで走り、間合いに入るや、見るからに御上りさんで裏通りを能天気にプラプラする2人に向かって、一直線に突進した。
とたん、魔力によって像がブレ、子供らが2人をすり抜けた。
「えっ」
と、子供らも、子供らのリーダーの少女も、様子を見張っていた組織の兄貴分も、思った。
思ったより高レベルな魔術師であること、また、子供らを傷つけなかった(殺さなかった)ことで、交渉の余地がある相手であることが分かり、組織の兄貴分は満足してその場を去った。すかさず、次の手を打つ。
しかし、子供らとリーダーの少女にとっては、スリは「失敗」だ。
兄貴分や組織の魂胆は、想像もつかないし、知りもしない。
少女……フューヴァが、暗がりに顔をしかめた。
とにかく、いつもの集合場所に向かう。
「姉貴! ごめん……!」
路地で既に集まっていた3人が、泣きそうな……いや、最年少の子はすでに泣きじゃくっていた……声でそう云った。




