第14章「きおく」 2-1 レミンハウエルの記憶
とはいえ、100年以上前にレミンハウエルが建築したギュムンデ地下空間の管理人として、ターリーンはレーハー、ギーランデルとも接触が無いわけではない。この地下空間は魔術的に厳重に隠蔽されており、ターリーンの研究室の他、他の2つの組織にも金庫などとして部屋を貸し出していた。
ところで……。
魔王レミンハウエルには、悪癖があった。
年に1回から、数年に1回ほど、御忍びでギュムンデに遊びに来るのである。
たいていの魔族……ターリーンもそうだが……は、人間の街や暮らしに何の興味もない。その意味で、レミンハウエルは「相当に変わった魔族」ということになる。こういった魔族はときたま現れて、時に人間に協力する。損得勘定ではなく、純粋な興味や好奇心で動くので、凄まじく気まぐれではあるのだが。
「おい、おい」
生体兵器としての魔物の甲殻素材の強度実験をしていたターリーンが飛び上がって驚き、周囲の魔力を感知する。フィーデ山の地下深くに鎮座している魔王が、ひょっこりと空間転移で姿を現した。
「魔王様!! こちらにいらっしゃる際は、あらかじめ御連絡をとあれほど……!!」
「それじゃあ、面白くないだろ」
「おもしろ……」
ターリーンは全くもって完璧なまでに理解できなかったが、自らの支配者であるのでそれ以上は何も云えない。
なお、魔族は口のようなものがあっても、必ずしも呼吸をしているわけではないし、飲食をするわけでもないし、発話するわけでもない。(それらをする魔族もいる。)
従って、魔族が人間と会話をするときは、魔力で言語を合成する場合が多い。
それが、このように魔族同士の会話となると、わざわざ人間の言語で話す必要がないため、一種のテレパシーめいた通話となる。しかも、言語以外のなにかしらの意思疎通方法だ。それを、便宜上、会話をしているように記述しているだけである。傍から見ると、無言劇か、昆虫同士の臭いか何かの意思疎通のようだろう。
ともかく、いまレミンハウエルがいつも通り突如としてギュムンデの地下空間に現れ、ターリーンが困っているのだ。
「よし、行こう。とっとと変化しろ」
云うが、レミンハウエルが魔力で人間に変身する。魔族特有の有毒両生類めいた色合いと湿度の肌が、たちまち人間と見分けがつかなくなる。この2名、肌色以外は割と人間に近い外観をしているため、それだけで少し変わった人間というような姿となるのだった。衣服も、あまり見慣れぬ魔術師ローブというかっこうなので、それほど違和感はない。
ターリーンも人間に化け、そのまま空間転移で地上に出た。
なお、ターリーンは人間の貨幣を使う機会もあるので、フランベルツのトンプを有しているし、この地下空間の高額な使用料をほぼそのままレミンハウエウルに渡しているので、魔王も何十億トンプと金を有している。また特に使わないので、溜まる一方だった。使いもしないのにどうして貨幣や宝物を溜めるのかというと、単に集めるのが好きだからとか、そういうものだと思っているとか、なんとなくだとか、それは魔王の性格や考えかたによる。とにかく、人間の思考や論理は、あまり通用しない。
2人で「人間ごっこ」のために使う金を所持し、夜のギュムンデに繰り出した。
「変わらないなあ、この街は」
「はい」
見た目は、完全に若い魔術師貴族か何かとその従者であった。
「何年ぶりだ? 2年ぶりか?」
「おそらく」
その短い会話も、2人だけの場合、無言で歩いているだけに見えた。
ここで、ターリーンの改造した魔物が実戦で性能試験を行っている闇競技場でも視察するというのであれば、まだターリーンにもこの御忍び行の意味が分かるのだが、どういうわけかレミンハウエルは闇闘技場に興味がない。とうぜん飲食や女遊びにも興味がない(レミンハウエルは飲食をするタイプの魔族ではなく、また魔力から自然発生する魔物・魔族は繁殖をしないので生殖行為にも興味がない)ため、何をしにギュムンデまでわざわざ魔王が出てくるのか、ターリーンは同じ魔族ながら本当に心の底から理解できなかった。
(申し訳ないが、この魔王はとんでもない変わりものだ……!)
ターリーンは、つくづくそう思っていた。
(要するに、ヒマなのだ)
それが、真理だろう。
魔王と云っても、レミンハウエルは特に仕事がない。同じ魔王でも、ゴルダーイは異空間に監禁されているので別として、ロンボーンは宇宙船ヤマハル再起動のために日々奮闘しているし、リノ=メリカ=ジントは神の子に寄生し託宣を発して北方の王国を陰から牛耳っている。




