第14章「きおく」 1-13 無楽堂マーラル
「タケマ=ミヅカ殿、これは、コンクリートだ」
建物の壁をよく観察し、触ってみて、ロンボーンがつぶやいた。
「古代コンクリートだな。こんな場所に、古代文明があったとは考えられんが……」
そう云ってタケマ=ミヅカ、同じく圧倒されているゴルダーイやブーランジュウに向かい、
「御主らは、何か知っているか?」
「知りません」
ゴルダーイが即答し、ブーランジュウも首を振った。
「狭いようで、世界は広い喃……」
タケマ=ミヅカが、しみじみとつぶやいた。
「人間が歩いて行う探索行では、限界もあろうて。地表観測衛星でもあれば、別だがな」
ロンボーンの言葉に、タケマ=ミヅカ、
「それにしたって、少なくとも複数必要であろう。この世界で作るといっても……そう云う魔法になる。それとも、魔術道具か?」
「なんにせよ、1人2人の手工業では難しい。大規模な組織と工場を立ちあげんと……」
「そうなろうな」
タケマ=ミヅカとロンボーンが急に話の合う古い仲間のようになって、他の3人は驚きを隠せなかった。じっさい、2人は少なくとも先日より同レベルの(魔導)科学知識を持っている者同士の対話となっていた。
それはそうと、いつまでも突っ立っているわけにもゆかぬ。
「とりあえず、入ってみようぜえ!!」
イヴァールガルがわめき、みながうなずいたとき。
「あんたたち、余計なことはするな。ここに何があるのか、知っているのか?」
いかにも迷惑そうな声で、いきなり一行に話しかける者が現れた。
何の気配も前ぶれもなかったので、みな少なからず驚いたが、人物の後ろに片膝で控えている魔物めいた姿の仲間がいたので、状況を理解する。
玄冬だ。
「御屋形様、無楽仙人様を御連れ致しました」
玄冬は全身を漆黒や深い藍色の忍び装束で包み、真っ黒い鎖帷子や額当て、手甲、脚絆姿で、顔すら漆黒の面頬に黒い布を巻きつけていた。しかも、その布の合間より燃える石炭のような赤い眼がのぞき、爛々と光っている。見た目は完全に魔族なのだが、ゴルダーイやロンボーン、タケマ=ミヅカがどれだけ魔力を探っても、魔族ではないことが判明している。「死乃火」などとも呼ばれている。
だからといって、では何者なのかというと、よくわからなかった。正直、玄冬を紹介したブーランジュウですらその正体は不明なのだ。(もっとも、ブーランジュウは玄冬の正体などに何の興味もない。)
「身共は、イェブ=クィープのタケマ=ミヅカと申すもの。御主が、無楽仙人か?」
丁寧に礼をし、タケマ=ミヅカが仙人と向き合う。観た感じは、妙な魔術師ローブに身を包んだはるか西方……いや、もはや世界の裏側の大可帝国人めいた身なりだが、顔立ちは少し東洋人っぽくもあった。しかし、西方人といっても様々な人種や民族があり、詳細はよくわからない。しかも、流暢な古代ドルム語を話しているが、実際は高度な言語調整術だ。年のころは40歳前後に思えた。
「仙人かどうかは知らんが……無楽堂マーラルとは私のことだ。イェブ=クィープの天才少女、浄限の勇者とは、あんたかね」
「もう、少女などとよばれる年齢では御座らぬ」
タケマ=ミヅカがそう苦笑し、一行を順次紹介した。
無楽仙人が目を細めて全員をねめまわし、
「まともな存在は、この剣士と魔族だけか」
「私がまともお?」
嬉しそうにブーランジュウが甲高い声を発したが、仙人はいたって真面目に、
「魔族だろうと……この世界の住人だからな。おっと、こっちのバレゲル森林エルフの御嬢さんも、尋常ではないほどの神聖魔力を除けば……だが。あんたとあんたと……こっちの迎えに来たのとは、そもそもこの世界の住人ではあるまい」
玄冬もそうだったのか? という表情と、やっぱり……という表情で、一行が低い姿勢を微塵も崩さず、岩のように控えたままの玄冬を見やった。
タケマ=ミヅカがニヤリと口元をゆがめて、
「そういう御主は、この世界の住人なのか?」
「私は、そうだよ」
「そうは思えんが……」
「あんたがそう思おうと思わなかろうと、そうなんだから仕方がない。さて……話を戻そう。あんたら、救世と称して世界中の魔族やら魔王やらを倒して回っているそうだが……」
その云い方にカチンときたイヴァールガルが、太い眉をつりあげ、
「称しとは何事だ!! ミヅカがどうにかしないと、この世界は本当に滅亡するかもしれねえんだぞ!」
「それも、自然の摂理だろうさ……」
「なにを……!?」
タケマ=ミヅカが手で制し、イヴァールガルがしぶしぶ口を閉じる。




