第14章「きおく」 1-10 この世界の人じゃない
この時代、いわゆる魔王的な魔王というか、本当に率先して人の国を滅ぼし、魔力と魔物にあふれる大地を広げていた魔王らしい魔王もいたが、つい数か月前にタケマ=ミヅカ一行が討ち滅ぼした。
その際、タケマ=ミヅカはその強大な魔王より魔王位を引き継いだ。
一行は休むことなく旅を続け……いま、無人の荒野にいるという「竜の魔王」と、それを監視する仙人を求めて、この北の大地に来たのだ。
「神託ねえ……」
イヴァールガルが胡散臭そうにつぶやいたので、タケマ=ミヅカが苦笑し、
「なんぞ、含みがある云い方だ喃」
「なに、国が滅んで、親兄弟や友人たちが死んで、神なんぞ信じなくなっただけさ」
「信じる信じないに関係なく、神としか定義できないものは、確実に存在するのだ」
「神様を、信じるも信じないも関係ないとか、さすがにおかしいだろ!」
たまらずイヴァールガルが噴き出して、声を殺して笑い出す。
タケマ=ミヅカは遠い眼で満点の星空を見あげ、
「それが、この魔力に満つる大宇宙の法則だ」
とだけ、云った。
「しかし、タケマ=ミヅカ殿、その仙人とやら、いつから竜の魔王を監視しておるのだ?」
ロンボーンがセカセカと歩きながら、タケマ=ミヅカにそう尋ねる。
「さっぱり、わからんな」
「誰に聴いたのだ?」
ロンボーンの質問に、ゴルダーイやイヴァールガルも、無言でタケマ=ミヅカに注目する。
というのも、今回の目標は一行の知らぬ間にタケマ=ミヅカがどこからか情報を仕入れ、一行を導いているのである。
「誰と云われるとな」
察しろ、と云わんばかりのその受け答えと表情にロンボーン、
「また神託か」
嘆息交じりにそう答えた。
「ハッキリ云っておくが、この世界を何周していようと、神など見たことも会ったことも声を聴いたこともないわ」
ロンボーンの云うことはもっともで、そうそう神の声を聴いたことのある者などいない。しかも、何度も神そのものから導きを受けるなど……まさに、神話の出来事だ。
「私は信じるなあ。だって、タケマ=ミヅカ様だものお」
ブーランジュウが、能天気にそんな声を発した。
「ふざけるな、この魔族が! 神など、おらん!」
同次元の魔力文明、魔法科学文明でも、タケマ=ミヅカたちの魔導科学文明とは異なり、もっと純粋に魔力を科学的なエネルギー源として利用するスピース文明を打ちたてたスライデル星系人の考え方は、むしろ我々に近い。ロンボーンは魔法として自在に魔力を扱っておきながら、未だに心の奥では魔法を理解できないでいた。
(何が魔法だ……ばかばかしい!)
伝説級の大魔導士の考えとは思えないが、そもそもロンボーンの魔法習得の目的も、世界を何周もする冒険旅の目的も、全てはこの星に次元難破した宇宙船ヤマハルの再起動とスライデルへの帰還のためだ。すき好んで魔法を学んだわけでも、使っているわけでもない。
「聖女ゴルダーイとて、じっさいに神の声など聴いたことあるまい!?」
急に話を振られ、いつも通りのはにかんだような苦笑を浮かべてゴルダーイも、
「そうですね……」
と、返した。
「だけどお、タケマ=ミヅカ様はこの世界の人じゃないんでしょお? ねえ?」
アッサリとブーランジュウがそう云って、全員がギョッとしてブーランジュウの顔面に1つ目のように埋まる真っ赤なシンバルを見やった。
(ほう……こやつ、気づいていたのか)
タケマ=ミヅカはそう感心し、ロンボーンも、吊り上がった眼を驚愕に見開いて、
(そ、そうか! そうだったのか……!! ……なるほど……云われてみれば、この勇者はどこか奇妙であった……。てっきり、生まれながらに各種の強化魔法でも埋めこまれているのかと思っていたが……私と同じ次元漂着人だったか……! これはさすがに、まったく、思いもよらなったわ……!!)
よく分かったな、という表情で、ロンボーンはブーランジュウをマジマジと見つめた。ブーランジュウは嬉しそうにクネクネして、
「もしかして褒めてくれる? 褒めてくれるのお?」
などと、はしゃいだ。
ロンボーンはイラッときたが、そこは感心が勝った。
「そうだな、ブーランジュウよ、大したものだ。見直した」
そんな素直なロンボーンは滅多に見れないので、イヴァールガルとゴルダーイも驚くと同時に、確かに新参のブーランジュウを見直したのだった。
また、ロンボーンはこれ以降、タケマ=ミヅカとの対話の視点を、少し変えた。自分と、同レベルに。




