第14章「きおく」 1-9 古クールプールラーン神
その山体自体が神であり、また、シンバルベリルの原型となったとも云われる、魔力を蓄積する天然の巨岩が山の中腹にあったとされる。
すなわち、タケマ=ミヅカが要石神として世界を「固定」する前は、そのクールプールラーン神が世界を「安定」させていたのだ。
この神の力が衰えたことにより魔力バランスが崩れ、国は滅び、世界は不安定となった。
また、この時期より数千年をかけて大宇宙に流れる天文学的な魔力奔流が大蛇行をはじめ、数百年前よりこの惑星……太陽系ごと、その蛇行に引き寄せられ始めた。それは物理的にも、次元的にもだ。
従って、次元にゆがみが生じ、宇宙自体に皺が寄った。
ちなみにその皺の合間に落っこちたのがストラであるのだが、それはまた違う話になる。
なんにせよ、巨大な魔力の河に世界が引き寄せられることで魔力バランスが崩れ、バランスが崩れたことで神の力が弱まり、さらに魔力バランスが崩れるという負のスパイラルがごとき悪循環が生じた。
宇宙の片隅の地方神では、如何ともしがたかった。
地形ですら数百万年から数億年単位で変化するというのに、数千年から数百年で世界ごと天文学的異常に巻きこまれたのだから。
そう。まさに、異常事態であった。
宇宙を流れ、または漂う魔力の塊にぶつかって粉々になる星など、この世界では別に珍しいことではない。しかし、やはり多くても数億年に一度あるか無いか……という出来事であり、急に天文学的な魔力の河の蛇行が近づいてきたなどというのは、レアもレア、ウルトラスーパーグレート激レアな出来事だと云えた。
が、激レアだろうが何だろうが、現実にその世界に生きて、住んでいる者にとっては、とにかく対処しなくてはならない。
クールプールラーンは神の視点でその全てを理解し、自身の力がもう世界の安定に寄与しなくなってもなお、100年をかけて後継者を探した。
そして、見つけたのだった。
今にして思えば、武満観水樹の転移も、ストラの転移も、起こるべくして起こったのかもしれない。
それはもう理屈や理論ではなく、世界がそれを望んだというほかは無い。
世界の意思というべきか。
その意思を、運命とか神の思し召しと定義する者もいるかもしれない。
単なる偶然……と、思う者もいるだろう。
だが、偶然というにはタイミングが良すぎるし、やはり陳腐な云い方だが、運命を感じざるを得ないのであった。
イェブ=クィープで奉ずる神々は、古クールプールラーン神とは異なる、実態を持たない想像上の神であったが、神聖魔力に満ちたその場に、すっかり力を失って消失しかけている古クールプールラーンが降誕するのに、それほど無理や努力は必要なかった。
その日、タケマ=ミヅカは未明から養父や親族、郎党らと例大祭の真っ最中であった。
しかも、古代神が思いのほかしっかりと現れたものだから、その場にいた50人ほどが目撃するところとなった。
つまり、この御告げはタケマ家の「公認」だった。
「我ニ代ワリテ、此世ヲ救ヒ給フ」
祝詞を上げていた当主の声とは明らかに違う声がその場いっぱいに響き、全員がギョッとして手を合わせたまま顔をあげた。
(ははあ……なるほど)
タケマ=ミヅカは、いきなりすべてを理解し、そう思った。
男とも女とも云えぬ妙声がその場の全員の耳と心に直接響き、かつ、何を云いたいのか一瞬で理解したのだ。
魔力の洪水が、世界を呑むということを。
それを止める力が、この古い神にはもう無いことを。
新しい神が必要だということを。
その新しい神に、ここにいる「神の子」が選ばれたということを。
50人の全ての視線を浴びて、父の横に座って祈っていたタケマ=ミヅカが立ち上がった。
そして祈りながら座りなおし、
「畏まって候」
とだけ、答えた。
そうして神託を受け、救世の大業を成すべくイェブ=クィープを出て早10年。
未だ大業は成っていないし、最終的かつ具体的に何をどうすればよいのかも見えていないが、とにかく仲間は見つかり、世界中の魔王を含む上級魔族を倒しまくって魔力バランスを少しでも整え続けている。




