第3章「うらぎり」 1-4 ストラの出番
翌朝、何事もなく一行は明るさに目ざめ、軽く食事を摂ると出発した。
昨夜、気絶させた五人のうち、三人はまだ気絶しており、二人はいなくなっていた。ストラも、もう探査していない。気がついて逃げたか、深夜の内に野生の竜か剣虎に襲われたか。
そのまま森を抜けると、山間の丘陵部に街並みが見えた。
スラブライエンだ。
さらに、低い山の連なる向こうが、もうマンシューアル藩王国である。フランベルツ地方伯自治領と同じくバーレン=リューズ神聖帝国を構成する国家群の一つであるが、皇帝の武威は長らく落ちており、半ば戦国時代のようになっている。マンシューアルは元から帝国の僻地にあり、かつては周辺諸国を統合し独立していた時代もあって、帝国に従ったのはかなり後になってからだった。従って、自治独立を保っているが、外地を意味する藩王国とされた。
それが、いまや混乱に乗じ失地回復を狙っていた。周辺国家へ武力をもって攻めこみ、名ばかりの皇帝の仲裁を得て、奪った領地の半分を返すなどという乱暴な手法でジワジワと領土を広げている。
フランベルツもその毒牙に狙われて、もう十二年になる。
ただ、フランベルツ家の武力もあり、一進一退の攻防というところだった。
スラブライエン地方へ約二年半ぶりにマンシューアルが侵攻してきたのは半年ほど前で、防衛準備を整えていたフランベルツ軍が撃退した。その後、互いに軍を駐屯させて睨み合い、半年の間に二度、小競り合いをした以外は、割と平穏だった。
「そこで、ストラの旦那の出番ってわけでやんすね?」
「そういうことだぜ」
街道を進みながら、フューヴァが説明する。
一介の安娼婦がどうしてそんな情報を持っているのかというと、スラブライエン駐屯軍のお偉いがたまにお忍びでギュムンデを訪れてそんな話をした際に、目ざとく仲間の娼婦などから情報を収集していたのだ。
それは、やはり、
「いつか、どうにかして御家再興を……」
と、常から意識していたからに他ならない。何かの役にたつかも……という一心で、興味を広げていた。
(人口5,987人、全員人間(仮)……うち、軍人と思われる人員3,323人。市庁舎と思わしき建築物の主要執務室にいるのも軍人と推定。駐屯軍司令官が、市長を兼任していると推察……その他、軍属と思わしき社会行動をとっている者が多数。軍事都市と認定できる)
さらに、ストラの三次元探査は、山向こうのマンシューアル軍駐屯地にも及ぶ。
(山腹に、土木工事成果物及び臨時的木造建築物多数確認……山城と認定。兵数は226人。前衛部隊と推測。山の向こう側の平原に、大規模な集落状陣地あり……兵数は4,365人……純粋な戦闘員数ではマンシューアル藩王国派遣軍が上回るけど、市民軍属も含めた総力戦ではフランベルツ防衛部隊が上回る、典型的な膠着状態条件をそろえている)
そして、
(露出状態のシンバルベリルの反応は無し)
問題は、そこだった。
(生体細胞により遮蔽されたシンバルベリルを探知する方法は、いまだ不明)
それは、時間をかけ、行動中に発見してゆくしかない。
さらに、
(高濃度魔力子を保有している人員……魔法使いは、スラブライエンに七名、マンシューアル軍に四名確認。ただし、シンバルベリル内蔵型かどうかは不明)
そこも、重要になってくる。
全ての推定魔法使いをマークし、動向を把握する。
そのうち、荷馬車は緩やかな坂を下り、スラブライエンへ近づいた。
城壁があるわけではないが、街へつながる三本の街道は全て封鎖されており、検問がある。深夜に荒野を突破すれば検閲を受けずに侵入も可能だが、既に二年半も軍が駐屯していて、街中で見知らぬ者、挙動の怪しい者はたちまち看破され、捕らえられた。
それでも、マンシューアルの間者は多数いるし、同じくマンシューアル軍にもフランベルツで買収したマンシューアル人スパイが紛れている。
「止まれーッ!」
流石にスラブライエンへ向かう街道を守る兵士は数が多く、関所と思わしき場所では槍と剣で武装した兵が18人いる。ストラが素早く確認したが、離れた小屋に7人の弓兵も待機している。4人の兵士が馬車を止め、素早く後ろに4人回って退路を断った。
「行商か? 許可証を見せろ」
リーター村と同じことを聴かれた。
 




