第14章「きおく」 1-8 武満観水樹
なお、この時点で人工転生実験は基礎魔学研究の段階であり、具体的に人工転生を何に役立てるのか、決まっていなかった。兵器なのか、民生利用なのか……。
またこの実験はいわゆる異世界転生ではなく、同世界転生である。まったく未知の世界に意図的に転生する意味がないし、リスクが大きすぎる。結果としてそうなって、その転生先の世界で無双や冒険をするのは、また違う話だ。
その日、魔導技術主任のタケマ=ミヅカ……いや、武満観水樹は、疑似体験として人工転生実験に挑んだ。武満は、魔導学者としても魔導師としても、そのケタ違いの潜在魔力と頭脳をもって超エリートであり、飛び級を重ね、17歳で魔導博士、19歳で魔導技術主任となり、22歳でこの実験に参加していた。
転生先は、非人類は疑似でもリスクがあったので、人間と設定した。
転生先の産院では、高額報酬で実験協力してくれた1人の臨月の妊婦が、健康な女児を出産した。
その女児に、武満主任の記憶と知識、強大な魔力が引き継がれていれば、実験成功であった。
新生児が意思表示できるまで、1年ほどは経過観察が必要だった。その間、魂魄の抜けた武満の肉体は、魔術的に時間停止保存される。
問題は、出生から2か月後におきた。
病院が、無差別テロに襲われたのだ。
この世界であるから、テロも魔法で行われる。
大規模次元陥没魔法が病院を襲い、病院のあった場所は一瞬で虚空となった。
死者……いや、患者と病院関係者3600人全員が行方不明となり、転生した武満も同じだった。
そうして……。
武満が気がついたとき、この世界で拾われていたのである。
(二重転生かとも思ったが……明らかにこの身体は前の世界のものなので、やはり身共は元の世界で転生したまま、ここに物理的に飛ばされてきたのだろうな……)
それが、タケマ=ミヅカの結論だった。
ちなみに、この時代劇めいた古めかしさと現代語の混じった妙な話し方は、タケマ=ミヅカの飛ばされたこの世界の古い国というか、地域というか、イェブ=クィープ地方の人々の話し方である。
(転移といっても、やはり何らかの意思あるいは力によって、似たようなところに引き寄せられるようだ)
同じ魔法文明の地に飛ばされたとタケマ=ミヅカが自覚したとき、しみじみとそう思った。
とはいえ……。
文明のレベルが段違いの原始社会に来たことを知るのは、それからすぐであった。
タケマ=ミヅカを拾ったのは、幸いにして地方でも豪族兼神祇官(神聖魔術師)の家だった。
それ相応の衣食住と、教育が施された。
タケマ=ミヅカはこの家の神殿に転移し、そのケタ違いの潜在魔力で、神の子として迎え入れられた。
タケマ=ミヅカという名は、当主のタケマ=セレイがつけた。転移前の名と似たような響きに、タケマ=ミヅカは運命を感じた。
さて……。
もともと魔導博士でもあるし、潜在魔力も異様に高い。しかも転生先のこの子どもは、運のよいことにかなり運動神経が良かった。
従って、文武魔力そろった超絶天才少女として育つのに、何の妨げもなかった。
13歳のころには、イェブ=クィープでも有数の魔法戦士として名を馳せていた。
なにせ、強いのである。武術も強ければ、魔法がまた強い。魔導技術により我々で云う遺伝子操作を繰り返してきていた元世界の人類は、体力的にもこの世界の人間の数倍の力や耐久力、そして寿命を持っていた。しかも、それでさらに運動神経が良いときた。
まさに、超人であった。
スーパーマンである。
世界が、そんな逸材を放っておくわけがない。
15歳になったある日、タケマ=ミヅカは、この世界の神から接触を受けた。
それは、そもそもイェブ=クィープの地がこの魔力に満ちた世界にあってさらに魔力濃度が濃かったのと、そこに生きる人々が生まれながらにして魔力的に高位の人種であったこと、さらにタケマ=ミヅカの存在が、神下ろしに充分な条件を備えていたのだった。
この時代、前時代の世界帝国であった古代ドルム帝国の滅亡から100年ほどが経過しているのは、既に述べた。滅亡の原因は、数百年単位でまさに魔力濃度が異様に上昇したことにあった。家畜は死に、水は汚染され、畑は枯れた。何より、強力な魔物や魔族がウジャウジャ出るようになって、人間やエルフなどが殺されまくったことにより、人口が激減した。
そのドルムで崇拝されていたのが、古代神クールプールラーンだった。
巨大な山神であったと伝わっている。




