第14章「きおく」 1-6 こんなところ
そんな山岳原住民に用はなく、一行は野営を繰り返してひたすら東へ進んだ。
標高が高いせいか急激に気温が下がり、朝夕には吐く息も白い。既に、山脈の上のほうは真っ白だった。
「やけに寒いな!」
うっとおしく張り上げるイヴァールガルの大声が、急峻な山あいにこだまする。
「もっと、着こむものをもってくりゃあよかったぜ!」
などと云いながら震えるイヴァールガルだったが、
「ちょっと待ってろ!!」
等と云い残し、6日間も行方不明になったと思ったら、野生のホルバル羊を3頭も仕留め、山のような干し肉とゴワゴワの急ごしらえな毛皮のマントを背負って帰ってきたので、ロンボーンがドン引きして白眼になり、ゴルダーイも苦笑を通り越してひきつっていた。
1人、タケマ=ミヅカが大爆笑して眼に涙を浮かべながら、
「……おまえなあ、我らに頼めば、いくらでも……」
「自分の手で狩るのが面白いんじゃないか!!」
嬉しそうに笑ってそう云ったイヴァールガルは親の代に故国が滅び、自由騎士位を引き継いで幼少より放浪騎士として各地を転々としていたため、完璧なサバイバル術を身に着けている。手製の弓で野生動物を狩り、完璧に解体し、防寒マントと保存食糧を作るなど朝飯前だった。
「この獲物は、食ってみたらかなりうまいんだ! お前らにもわけてやるよ!!」
「いらんわい!」
不機嫌を極めたロンボーン、
「こんなことのために、6日もわしらを足止めさせていたのか!」
「あんたはどうせ、急がないんだろう!?」
「やかましい!」
怒り狂ったような表情で喚き散らして、ロンボーンが急峻な山道を歩き出した。
「ほらゴルダ、遠慮するなよ!!」
「あ、ハイ、ど、どうも……」
どこの部位かも分からぬ生干しした肉塊を渡され、ゴルダーイがさらに頬を引きつらせた。
「ブーランジュウ……は、さすがにいらねえか!!」
「いらないねえ」
ものを食べなくてよいタイプの魔族であるブーランジュウ、1つ眼めいた真紅のシンバルベリルにイヴァールガルの人懐っこい笑顔を写し、興味深げに皆の様子を観察する。
「ミヅカはいるだろ!?」
「ああ、もらおうか」
これは、秋口の寒風によく干された肉塊を受け取り、タケマ=ミヅカは小刀を取り出して薄く削ると、迷うことなく口にした。
「フフ……確かに、この動物はやけにうまい喃」
イヴァールガルが満面の笑みとなり、
「ほら、2人ともこれを着ろよ! 短気ジジイとブーランジュウは、いらねえだろ!?」
既にロンボーンはずっと先を歩いており、ブーランジュウが、
「いらないねえ」
楽し気にニヤニヤして、3人のやりとりを眺めていた。
山岳地帯を抜けると、やや標高の下がったあたりで広大な森林と平原に出た。
後に、イヴァールガルがチィコーザ王国を建てるその場所に、一行は初めて足を踏み入れのだ。
「なかなかいい土地じゃねえか! こんな場所があったんだな! 少し寒いけどよ!!」
亜寒帯の森林と湖沼と草原の大地を眺めて、イヴァールガルが声を張り上げる。
「人が住むには、広すぎやせんか」
吊り上がった眼を歪ませて、ロンボーンは文句しか云わぬ。
「古代より住んでいる原住民くらいおるだろう。さ、行こう」
「ところで、タケマ=ミヅカ様、こんなところに、その竜の魔王が?」
タケマ=ミヅカの横に並び、ゴルダーイが尋ねた。
「はるか太古から、この荒野に封印されておるらしい」
「こんなところだから、封印されてるんだろう!? 誰もすき好んで、街中に魔王を封印なんざしねえだろうさ!!」
イヴァールガルがそう云い、ブーランジュウも、
「それ、真理!」
面白がって追従する。
「まあ、そうですよね」
いつものはにかんだような苦笑で、ゴルダーイもそう答えた。
みなのんびりと旅をしているようだが、イヴァールガルを除いた全員が、常に異常な魔力を感知して歩いている。先般の、村に擬態していたような上級魔族や大型の魔物がいれば、逐一退治していた。
この時代は、こんな人っ子ひとりいないような大荒野でも、準魔王クラスの魔族がウヨウヨいるのは既に述べた。いたところで人もエルフも住んでいないのだから、特に何が困るというわけでもないのだが、世界全体を構成する魔力のバランス量というものがある。




