第14章「きおく」 1-5 天の眼
イヴァールガルに負けず劣らずの大音声が響き渡り、地面や建物、村人までもがどす黒い巨大な粘菌のような魔力の塊となって、ウネウネと蠢いた。
「うおおおおっ、ハハハ!! こりゃすげえ!!!!」
むしろ楽しそうに、サーフィンめいてイヴァールガルは揺れる地面にバランスをとる。
「遊んどる場合か!」
そういうロンボーンも余裕だ。正直に云って、これほどの魔族であっても、一行の敵ではない。メンバーの誰かが1人で相手をして、御つりがくる。
ついに、澄んだ鐘の音と共に、天空に赤い眼の文様が浮かび上がった。
バレゲル森林エルフの聖女ゴルダーイが操る超絶的神聖魔法、「天の眼」である。
眼自体が、空間をゆがませるほどの神聖魔力の凝縮体だ。
「なんだとおお!」
粘菌の魔族、すくみあがった。
神聖魔力のケタがちがう。
もはや魔王級だ。
畑を含む村1つほどの大きさの擬態ができる粘菌魔族も、世が世ならば準魔王級であった。この時代は、こんな強力な魔族が、セミコモンほどの頻度でウヨウヨしているのだ。
(あれは、いかん……!)
粘菌魔族、今更ながら魔力を収縮させ、空間に穴を空けはじめる。次元の裏に逃げこむ以外にない。
「おっそ」
ゴルダーイが右手を振るや、天の眼が天から降り注ぎ、焼き印のように粘菌魔族を直撃した。
「ギィエアアアアア!!!!!!!!」
身もだえし、伸びあがって魔族が苦悶の絶叫をあげた。それが断末魔となり、魔力中枢器官ごと全身を中和された巨大粘菌、グズグズと崩れ去って、燃えつきて風に散った。
村は跡形も無く消え去り、荒野が戻った。
「うわああ~~~、相変わらずえげつな~~~~」
1つ目のような真紅のシンバルベリルにその光景を映し、ニヤニヤしてブーランジュウがどこからともなく戻ってくる。
ゴルダーイはあどけない少女の笑みで、ブーランジュウを迎えた。そのあどけなさが、余計に恐ろしい。
「ありゃあ、なんだったんだよ、ミヅカよお!!」
イヴァールガルに問われ、タケマ=ミヅカ、
「フン……あちこち移動しつつ、ああやって村やらに化けて人々をおびき寄せ、食らっていたのだろう」
「それにしたって、こんな場所をオレたちみたいの以外に、誰がやってくるってんだ!?」
「そりゃあ、身共らみたいのを狙っていたのだろうさ。ただの人間より、喰うとうまそうなのだろうよ」
タケマ=ミヅカが、そう云って肩をすくめる。ロンボーンは周囲をジロジロと吊り上がった眼でねめまわし、
「我らのようなものを喰ったところで、消化不良でどっちみち死ぬだろうさ。さ、とっとと先を急ごう」
矍鑠として荒野を歩き始めた。
「どういう意味い?」
ブーランジュウが心底不思議そうにそう云い、いつも困ったように苦笑しているゴルダーイが、
「私たちでは潜在魔力が強すぎて、あの程度の魔物が食べたところで食べきれないということでは?」
「確かに……あんたみたいのを食べたって、おなかの中から焼かれちゃうよねえ」
ブーランジュウがさも楽し気にクスクス笑って、
「それに聞いたあ? 無駄な争いはしたくなかった、だって! 魔物のくせに、ばかじゃない? あんたたちの力を知って、戦うと負けるからやり過ごそうとしたんでしょう? ばかだよねえ」
「まあそう云うな、ブーランジュウよ。あんなものでもそれなりに、いろいろ考えているのだろう。さ、我らも行くぞ」
タケマ=ミヅカにそう云われ、心酔しているブーランジュウ、声をかけられたのがうれしく、飛び上がって喜ぶと、
「はあい、タケマ=ミヅカ様あ!」
妙にクネクネしながら、タケマ=ミヅカの後ろについた。
それを苦笑しながら見つめて、ゴルダーイも続く。
最後に、神妙に黙ったイヴァールガルが、魔族の化けた村のあった荒野を振り返り……ほんの少しだけ瞑目して、大荷物を背負いなおすと、しんがりを歩き始めた。
それから一行は数日をかけて少しずつ標高を上げて山岳地帯に入り、嶺をいくつか超えると狭い高地に入った。後に、ノロマンドル公国が建てられるあたりである。この当時は、国らしい国はなく、ホルバル羊を飼育あるいは狩猟によって暮らしている原始的な山岳原住民があちこちに集落を作って山あいに住んでいる地域、というほどの場所だった。




