第14章「きおく」 1-4 村全体
ちなみに、彼らが話しているのは、この時代の共通語ともいえる、古代ドミナ語という旧ドルム帝国の言葉である。ドルム帝国は広域地帯を支配した古代帝国の1つで、滅亡から100年ほど経っているが、分裂した国や地域で、変容しつつ未だ話されていた。
もっとも、現実的には、パーティ内ではみなロンボーンの言語調整魔術で話しているのだが。
と……。
村の小路を歩く一行の前に、数人の村人が立っていた。
(いつの間に……)
と、思わなかったのは、イヴァールガルだけだった。
「なんだよ、ちゃんと人がいるじゃねえか!! あんたたちが、村の代表者かい!?」
遠慮なくロンボーンの舌打ちが響いたが、老人のクセだと思っているイヴァールガルはまったく気にしていないし、そもそも聴こえていない。
「恐れ入ります、皆様方は、いったいどこの旅の御方で御座りましょうや」
中央にいる、少しだけ都会っぽい衣服を着ている、泥水が腐ったような眼をした老人が、しっかりとした古ドミナ語を話したので、イヴァールガル以外がまた眉をひそめた。こんな前人未到のような荒野にひっそりと住んでいる人間が話す言葉ではない。そもそも、ここは旧ドルムの版図ではない。
が、イヴァールガルは何とも思わずに、
「オレたちゃあ、浄限の勇者タケマ=ミヅカとその仲間だ! 人々に害成す魔物を倒しながら旅をしてるんだが、いまは、はるか東方の荒野にいるという不思議なヤツに会うため、ここを通りがかったというわけだ!」
その大きな声は嫌でも村中に響き渡って、家の中や建物の陰で聴いていた人々がおそれおののく気配がタケマ=ミヅカたちに伝わった。
「では、この村に用は無いはずで御座ります。なぜなら、この村に魔物などと云う恐ろしいものは、おりませぬゆえ」
村長は、瘴気に澱んだ目をあげ、そう云い切った。
「この村に魔物がおらんだと!?」
そう云ってズカズカと前に出たのは、ロンボーンだ。華奢だが、背丈はイヴァールガルより少し大きい。ゲベル人が、みな大きいのだという。そのアーモンド形の尖った奇妙な頭部も、貢献している。
「これほど魔力が滞留していて魔族や魔物がおらんのなら、どういう理屈でこれほどまで澱んだ魔力がここに溜まっておるのだ? 説明しろ」
「そ、そう申されましても……」
村長がうろたえる。確かに、一般常識的に考えて、村人らにそんなことは分からない。苦笑して、タケマ=ミヅカが前に出た。
「こ奴らが、知るわけがあるまい」
「しかし……」
「問題は、こ奴らは哀れな犠牲者なのか、獲物を狩るための疑似餌なのかということよ」
小柄なタケマ=ミヅカが、不気味にして不適な笑みで、村長を凝視した。
「疑似餌だと?」
ロンボーンも、改めて村長を含む村全体の魔力を探査する。
「なるほど、そういうことでしたか」
ゴルダーイは、もう赤い染料で小さな額に描かれた「天の眼」が、強大な神聖魔力を映して本当に赤く光っていた。
さらに、ブーランジュウはいつの間にか元の姿に戻って……いや、とっくに姿を消している。
ゴルダーイの攻撃に、巻きこまれないように。
「なんだ!? みんな、何がどうしたってんだ!?」
何も分かっていないイヴァールガルが、一行と村人らを交互に見やってわめいた。
「下がっておれ、イヴァール。ゴルダに任せよう」
「ゴルダに!?」
タケマ=ミヅカに云われたイヴァールガル、ゴルダーイの神聖魔力が恐るべきレベルで凝縮しているのを確認し、慌てて下がった。
「それほどの魔族が居やがるってのか!?」
ロンボーンも杖をつきつき素早く下がって、
「珍しい魔物だ……この村全体が、魔物なのだ!」
「村が魔物だあ!?!?」
イヴァールガルがそう云うや、地面が地震のように揺れた。
と、思いきや、空間そのものがグニャグニャと歪み、天変地異のようなありさまとなる。
「なんだああ!? おいいい、なんだあああ、こりゃあああああ!!!!」
「でかい図体で騒ぐな!」
イヴァールガルが遠慮なくわめき散らすのを、たまらずロンボーンがたしなめた。
「貴様ら、ただものではなかろう! 無駄な争いはしたくなかったが、こうなれば致し方なし!!」




