第14章「きおく」 1-1 タケマ=ミヅカの記憶
第14章「きおく」
1.タケマ=ミヅカの記憶
タケマ=ミヅカたち5人が、エルフにしては非常に大柄なラーナル盆地エルフたちが農作業に励むラーナン盆地を抜けて街道とも獣道とも云えぬ古く寂れきった道に入ったのは、夏も終わって秋口に入るころだった。
「しっかし、あんなでっけえエルフなんているんだなあ!!」
相変わらずのデカイ声で、独り言なのか何なのか分からない言葉を発した戦士イヴァールガルに、もう誰も突っこまない。黒みがかった茶金髪に、日焼けした肌の偉丈夫だ。剣身と柄を合わせて160センチはある抜き身の大剣を、頑丈なロープで登山家のような大きな荷物に縛りつけ、背負って歩いている。ラーナル盆地エルフたちは、190センチはあるそんな大身のイヴァールガルより、頭1つ大きかった。
老齢の魔術師ロンボーンは、もう突っこむ気力もないが、うるさいと思って、その特徴のある福禄寿めいたひょろ長い頭にまとまっている小さな顔をしょぼしょぼとしかめた。もう3年以上も一緒にいるが、無遠慮で無神経な大声はまったく慣れない。絶海の孤島だというゲベロ島出身のゲベル人ということだが、この世界のどの人種とも違う、まるで宇宙人のような不思議な外観だった。実は並ぶとイヴァールガルより少し大きく、195センチを超えた背丈に薄褐色の肌をし、なにより禿げ頭が尖って頭部全体がアーモンドのような形をしている。不思議なことにその顔にシワはあまりないが、長い白髭が年齢を感じさせていた。豪奢だが旅に疲れている魔術師ローブが、風に吹かれてなびいていた。ねじれた杖を地面につきながら、その切れ長の目を細めた。
「ゴルダは、あんなでっけえ御仲間がいるって知ってたのか!?」
「いいえ、知りません」
表情豊かに苦笑してそう答えたのは、バレゲル森林エルフの巫女、ゴルダーイである。エルフなので100歳と少々だが、人間年齢では10歳ほどの少女だった。こちらも濃い褐色の肌に黒髪、丸顔で一重、耳もそれほど尖っていないという、西方人のような顔立ちが特徴的な珍しいエルフだった。我々の世界で云うと、中南米の原住民のような雰囲気をしている。巫術師でもあり、不思議な力でパーティの回復を一手に担っている。言語を絶する力で、聖女とも呼ばれていた。その神聖魔力は、中級の魔族を一撃で蒸発させるほどであった。「天の眼」と呼ばれる眼を象った、不思議な文様を赤い線で額に描いている。なお、右目はまだシンバルベリルではない。
「イヴァーリィは、声がデカイからいつもあんなに食うんだろうねえ」
魔力の合成音による甲高い声でそう云ったのは、この中では最も新しく、つい数か月前に仲間に加わったブーランジュウだ。魔族である。魔族らしく有毒両生類めいたコバルトブルーから藍色、黒と部位によってグラデーションめいて変色している肌に、真っ赤な単眼をし、レモンイエローの髪をしているが、街中では魔力で人間に変身している。いまは、盆地のエルフや人間の簡素な集落を抜け、坂を上って山道に入ったので本来の姿に戻っていた。変身したら、濃い茶色をした竜革軽装甲の女性剣士だった。その顔面の深紅の単眼はシンバルベリルであり、本来の眼(の、ようなもの)は、頬のあたりに模様のように引かれた細く蛍光の黄色に光る線であった。その魔剣が敵の血液と生命力を吸収して攻撃力に変えるので、「吸血鬼」などと呼ばれていた。勇者タケマ=ミヅカに倒され、感服して勝手に仲間になった「変な魔族」だ。
「喰わねえと力が出ないの! 喰わなくても平気な魔族に、何が分かるかってんだ!」
ふり返って、半笑いでイヴァールガルが大声をあげた。わざと大きな声で話しているのではなく、地声がデカイのだ。
「そうだね、なんにもわからないかな」
「あっさり云うなよ、バカが!」
そう云って大笑し、大股で藪をかき分けて緩い斜面をどんどん登ってゆくイヴァールガルを、ロンボーンが渋い顔で睨みつけた。
「それはそうと、タケマ=ミヅカ殿、目的地までどのくらいだ?」
ロンボーンにそう問われ、浄限の勇者タケマ=ミヅカは、
「そなたのほうが詳しいのではないか? この大地を、これまで何周している?」
15歳で「神秘の土地」などと呼ばれているはるか西方のイェブ=クィープを出てから、丸10年。20代も半ばになっているというのに、その女性はまったく10代のころと変わらないように見受けられた。かといって、エルフではない。年齢を重ねない魔法がかかっているわけでもない。そういう人類というほかはない。




