第13章「ていと」 7-8 無楽堂
「あれが……!」
「よいか、だまされるでないぞ、あやつめがあの怪物どもを撃退したのは、我らやメシャルナー様、ましてこの帝国を護るためではない! たまたま、己にとって不都合だっただけだ! それだけだ! 我らの大敵であることに変わりはない!」
「……」
「聴いておるのか!!」
「あ、ハッ……」
威儀を繕う騎士や教授たちを睨みつけ、ようやく解放されたコンポザルーン帝、襟や瑠璃色のケープを直し、
「さらに強力で確実かつ高速で発動できる、新たなる半魔魂の法の開発を急げ! 生半可な法では、あの異次元魔王には通用せんぞ!」
教授陣が胸に右手を当てて深く礼をし、騎士達が困惑と当惑の表情を浮かべるなか、皇帝は踵を返し、城へ戻った。
リューゼン城地下空間での出来事をつゆも知らない一行、朝になってストラが戻ってきていたので、
「聖下、そろそろ、出発いたしたく……」
ルートヴァンがそう云うと、ストラはいつも通り、
「いいよ」
とだけ云い放ち、あとはずっと両手を軽く天井に向けて上げ、壁に向かって立っていた。
慣れた(?)もので一行はストラを無視して旅立ちの支度を整え、翌日には、まずリューゼンに向けてひっそりと出発した。
スタールを含め、「九つの牙」の9人の幹部が、目立たぬように街のところどころで一行を見送った。
目印は、すれ違う一瞬に、右手で右目を隠すのだ。
中には20歳ころの若い女性もいたし、浮浪者もいた。
いちいち、ルートヴァンが杖を軽く上げて応えた。
一行はその日のうちに、数刻ほど歩いて帝都に入った。
オネランノタルとピオラは、街道筋で待っていることにした。
2人を除いた一行が、そのままオッサンの店を訪ねる。
ただ挨拶のためで、そのまま帝都を出発し、ホルストンの平原からゲーデル山を目指すのだ。
「閉まってるでやんす」
プランタンタンが不思議そうに、固く閉ざされたドアを見やってつぶやいた。
「なんだよ、ルーテルさん、そのオッサンとかいうやつ、ふざけてんのかよ!?」
フューヴァが、憤慨してそう云い放った。
ルートヴァンが苦笑して、
「ま、ふざけているのには、変わりはないんだけど……スーちゃんに、会いたがっていたのになあ」
ルートヴァンが名残惜しそうに店を流し見しつつ、
「いないものは仕方がない。いつもの、無何有の里に行っているのだろう。また会う機会もあるさ。無駄足だったが、出発しよう」
そう云って、歩き始めた。
一行も、ゾロゾロとついて行く。
最後に、一行にも気づかれずに、店の看板を見あげるストラが残った。
「……無楽堂……」
木板に墨で書かれた行書体の看板を見て、ストラがつぶやいた。
「読めるのかね」
どこからともなく現れ、ストラにそう声をかけたのは、ヒョウタンめいた徳利片手のオッサンだった。
ストラが、オッサンと向き合った。
微笑みを浮かべたオッサンがまじまじとストラを見つめ、
「あんたが、異次元魔王か」
「そういうあなたは、無楽仙人……魔王マー……」
オッサンが、微笑のまま口に指を当ててストラの発言を遮った。
「その名は、棄てた。魔王マーラルも、無楽仙人も、とっくにおらん」
「そう」
「フフ、タケマ=ミヅカも、ここに来てあんたみたいな存在に出会うとは……だから、この大地は面白い」
「そう」
「生は暗く、死もまた暗い。あんたに……この杯を捧げたい」
オッサンが、徳利を口に当て、一気に喉を鳴らした。
「旦那あ! なにやってるんでやんす! ホラ、行くでやんすよお!」
プランタンタンがそう声をかけた時には、オッサンは跡形も無く消えていた。
一瞥もせずに、ストラが、無言で歩き始めた。
プログラム修復の進捗率は、謎の異次元人たちとの戦いで手戻りが発生し、84%だった。
90%を超えると、最終シークエンスに突入する。




