第3章「うらぎり」 1-3 最悪的にご愁傷様
「いやはや……酒なんぞに、奮発しやしたねえ」
手綱を握りながら、プランタンタンが心底呆れた。
それはそうだろう。金相場にもよるが、最低でも1,500トンプをポンと出したのだから。
ペートリューは、安心したのか酒瓶を抱いて寝ている。
そのつむっている眼に、涙がにじんでいた。
一行は村を過ぎ、街道をスラブライエンへ向かっていた。
「そう云うなよ……金は使うためにあるんだ。死の世界まで持ってけないぜ。使えるときに使わないと、死に金だ」
「そりゃあ、そうでやんしょうが……」
プランタンタン、とにかく、理解できぬ。
その日は、国境沿いの主要都市スラブライエンまであと少しというところで、野営となった。
慣れたもので、荷馬車専用の頑丈で粗食に耐える二頭のフランベルツ毛長馬をそこらの木に結びつけて適当に下草を食わせ、自分たちは地面へ簡易に石を組んで柴を拾い火を起こす。そういうのは、プランタンタンが目をつむってもできるというほど、何の支障もなく行う。
(さすが、エルフだな……)
フューヴァは、最初、深山幽谷に住んでいるというエルフだから、プランタンタンがそういうことを苦も無く行うのだと思っていた。が、どうも、牧場奴隷として半野外でずっと生活してきたから、生活の一部として当たり前にできるらしいというのを知り、せめて自分でもできるようにと、いろいろ手順を習って、率先して行うようにした。
少なくとも、同情心や申し訳なさもあったが、
(旅を続けるのなら、いつか役に立つだろう……)
そんな思いにかられてのことだった。
火で生ハムや干し肉を炙り、焼きしめた堅パンを少量の酒で流しこんだ。ペートリューは酒ばかり延々と飲むのだが、これはもはやアルコールが体内で分解・変化した酢酸でしか細胞内のエネルギー変換回路が動かなくなっているためである。脳が、そのように変化してしまっているのだ。従って、酒以外ではいわゆるマリネなどの酢の物なら好んで食べるのだが、あまり野外食でそういうものはない。せめて柑橘類の果物があれば別だが、季節がまだ早かった。
「ペートリューさん、せっかくの高い酒、そんなに飲んでたら、街まで持ちやあせんよ」
「うん、うん」
などと調子よく返事はするが、瓶を傾ける手は止まらぬ。
もっとも、気管をぴったりと閉じ、喉と胃を一直線にする特殊技能で、飲むというより流しこむことにより、ワインの瓶一本など、ものの数秒で開けてしまうペートリューにとって、これでもチビチビと我慢して飲んでいるつもりだった。
のだが、飲む手が止まらないのだから、時間の問題だ。
またストラが脳に睡眠導入高周波をぶちこんで、知らぬ間にペートリューは座ったまま寝息を立て始めた。
「寝ちめえやんした」
「しょうがねえ女だなあ」
云いつつ、フューヴァが立ち上がってペートリューを後ろから抱え、
「重ッ……!」
引きずって荷馬車まで運ぶと、なんとか持ち上げて適当に転がした。
「やれやれ……」
その後、フューヴァとプランタンタンも街へ着いてからの打ち合わせを行った後、火を消して荷馬車へ寝転がる。夏も近づいて気温が上がっているが、夜はまだ冷える日があり、長いケープを毛布代わりにする。
もちろん、ストラも潜伏活動中偽装行動で寝るフリをする。
が、常に周囲を警戒探査し、危険があれば排除する。
いま、闇の中を五人の男たちが息をひそめて近づいてきていた。
野営の焚火が消えたのを遠目に確認し、一気に距離を詰める。
兵士たちの一部が、リーター村から後をつけてきていたのだ。
おそらく、醸造所でペートリューが惜しげもなく金貨を出したのを、どこからか目撃していたのだろう。そして、村を抜け出して襲撃しようという腹なのだ。
最悪的にご愁傷様と云う他はない。
(距離、約20メートル)
一瞬で五本の強力な磁力線が走り、正確に五人へ到達した。
不可視の低出力プラズマ球が磁力線に乗って、ほぼ同時に五人へ突き刺さる。
「ギャァ…!」
感電して五人がひっくり返り、かつぶっ倒れた。
後はもう、知らぬ。
夜は、なんとかという肉食の原住生物もうろついているが、ストラは無視した。
 




