第13章「ていと」 6-14 あんなカオ
「はい」
ホーランコルが、音もなく剣を抜く。鯉口を金属で補強しているので、普通に抜くと金属が擦れていわゆる「シャキーン」という音が鳴るが、それを無音で抜くには熟練の技術がいる。
暗殺用の技術だ。
神殿組織を抜けてウルゲリアで冒険者をやっていたが、時には表の聖騎士や勇者から汚い裏仕事を請け負ったこともある。
ちなみに、鯉口に金属を使っていない日本刀は、抜くときに「シャキーン」という音は出ない。時代劇でそういう音が鳴っているのは、単にそういうマンガ的な演出である。人を切って、「ザぐゥ!」などとキャベツを切ったような音が鳴るのも同じだ。
「フューヴァさん、私が護衛を殺ります」
ホーランコルが冷静を極めてそう云い、
「へっ……わかったよ。久しぶりだけど、まかせておけ」
フューヴァも、腰の後ろの雑用兼護身用の大型ナイフを抜いた。こちらは元より鯉口が無垢の木なので、音はしない。
フューヴァの表情が、この旅で初めて見るような暗殺者のそれになっているのを確認したプランタンタン、少し、驚いた。
(フューヴァさんも、あんなカオをするんでやんすね……)
そのプランタンタンを残し、2人が動いた。
闇の中を、一直線だ。
フューヴァの肩から、メダマコウモリが飛び立った。
トルマスと護衛の剣士めがけ、その眼玉よりサーチライトめいた指向性の光線が出て顔を照らした。
「!?」
視界がホワイトアウトし、3人が固まった。
「ヌウン!!」
ホーランコルが裂帛に気合で剣を振り下ろし、剣士の1人の首元を叩っ切り、返す剣で小剣の束に手をかけた姿勢の1人の鳩尾を刺した。
「うぅ……!」
うめき声をあげ、2人がほぼ同時に倒れ伏す。
流石の腕前であった。
「ヒィイイ! 助けろ! 誰か! 誰かあ……!」
這うようにして、トルマスがその場より脱出した。
これが、本当にザンダルを牛耳る暗黒組織のボスなのだろうか!?
「九つの牙」の恐ろしさや権力の大きさを知っている者だったら、逆に躊躇しただろう。
だが、フューヴァ、そんなことは知ったこっちゃない。
オネランノタルの情報を完全に信じていた。
疑う余地もなかった。
闇に蠢く物体めがけ、逆手に持った大型ナイフを突き立てた。
臀部から腰にかけて灼けるような痛みが走ったトルマス、身をよじって、
「あああ!! あがうあああああ……!!」
悲鳴を上げたが、
「うるせっ!」
フューヴァがトルマスの太い首の横めがけ、ナイフを素早く突き立てた。
7
「そんな面白いことになっていたとは……オネランノタル殿も、人が悪いですな」
「人じゃあないよ!」
「例えですよ……フ、フ……」
借家に合流したルートヴァンたち魔術師組を迎えて、広めの居間でオネランノタルやフューヴァも笑顔だった。ルートヴァンはひとしきり無何有などのことを説明したのち、オネランノタルやホーランコルより報告を受けた。
「ホーランコル」
「ハッ」
ホーランコルが威を正して前に出て、胸に右手を当てて敬礼した。
「見事であったぞ、よく皆をまとめ、この仕事を遂行してくれた」
「勿体なき御言葉……!」
ホーランコルが深く礼をし、キレットとネルベェーンもそんなホーランコルを見やって、頬を緩める。
「で、こちらが?」
椅子のルートヴァンが、フューヴァに促されて前に出たスタールを見やった。
「新しい、ザンダルの総帥だぜ!」
スタールも胸に手を当て、ほぼ90度の最敬礼をする。
「スタールと申します、大公閣下、以後、御見知りおきを」




