第13章「ていと」 6-11 強襲、トルマス邸
窓から漏れる明かりの明度は、どう見ても淡い燭台のものだった。
かと云って、九つの牙の首領ともあろうものが、護衛に魔術師を置かないはずがない。
つまり、攻め手を油断させているのだ。
(のこのこと入って行って、潜んでいた魔術師に返り討ちか……狡猾な)
ホーランコルは顔をしかめ、
「やはり、オネランノタル殿を待ちま……」
「屋敷内に護衛と思わしき武装兵が20、潜在魔力子高レベル保有者……すわち魔術師が5おります」
3人がびっくりしてすくみあがり、プランタンタンが悲鳴を発しそうになって口を押さえた。
「スッ……!!」
フューヴァが暗闇に目をむいた。
「ストラさんじゃねえか……!!」
相変わらず何の気配も動きもなく、初めからそこにあった彫像のようにたたずんでいた。
「魔王様! き、今日も、どこかに御出かけだったのでは……!?」
ホーランコルも声を潜めつつ、驚いて暗闇にうっすらと光るストラの象嵌めいた半眼を見やる。ストラは、ザンダルに来てからずっと連日連夜どこかに消え、時には数日後に戻ってきていた。
「ハイ、今日はまだ、大丈夫です」
「?」
「??」
「???」
3人が同時にはてなマークを頭上に浮かべ、黙りこんだ。
だが、謎めいたストラの言葉をいちいち詮索している余裕はない。
ホーランコルは息を整え、
「聖下、で、では、御自ら?」
「ハイ、私が護衛を駆逐しますので、そのあいだに、目標を排除してください」
「畏まりまして御座りまする!! 御聖女様御自ら参戦していただけ、共に戦えるなど、我が一生の……いいえ!! 子子孫孫に到るまでの無上にして最上の栄誉に御座りまする!!!!」
ホーランコルが興奮してそう叫び、フューヴァがあわてて、
「バカ、声がでけえって! 気づかれるだろうがよ!」
しかし、ホーランコル、
「もう、気づかれようがかまいませんでしょう! さあ、聖下、参りましょうぞ!!」
「うん」
「御ふたりも、参りますぞ!!」
ホーランコルはルートヴァン拝領の魔法の両手持ち剣を抜きはらい、八双ぎみに構えるや、雄叫びをあげて通りを走った。
「もう、なんなんだよ! わけがわからねえぜ! オラ、プランタンタン、行くぞ! ストラさんも頼んまっせ!」
急いでフューヴァが後に続き、肩をすくめたプランタンタンもヒョコヒョコと走った。
最後に、ストラが高速で走って、一気に3人を追い抜いてトルマス屋敷の頑健そうな正門に突っこんだ。
この地味な小貴族の屋敷で、唯一違和感があるとすれば、その異様にごっつい正門だった。分厚い木製の片開きの扉で、まるで、そこだけ地方の古い城のようだった。
しかも、防御魔術が九重にかかっていた。ルートヴァンやオネランノタルであれば、それを破壊あるいは解除するのは可能だったが、かなり面倒なのは確かだった。
そのうえ、屋敷全体にかけられた防御魔術は、侵入者が現れた時にだけピンポイントバリアのように出現するという、非常に高度なものだった。
これは、常時高レベルの防御魔術をかけていたならば、逆に怪しまれるからである。ノーイマルは冒険者だらけだし、それでなくとも帝都には魔術師協会があって、高レベル魔術師がウヨウヨしている。
(なんだ、あの屋敷は……!? 見かけに反し、なんたる魔法防御……!)
と、なるのは、トルマスの本意ではない。
そんな頑丈な正門だが、ストラのパンチの一撃で蝶番から外れ、頑丈な鉄板やボルトで固定された分厚い木板もバラバラになってぶっとんだ。
これは、九重の魔法防御ごと、単純に物理的なパワーで破壊したのだった。
九重魔法防御を物理で破壊するというのは、尋常ではない。今のこの世界にあっては、ストラ以外には不可能だろう。
「なにごとだ!?」
轟音と衝撃に、街の近隣のものも驚いて目を覚ましたが、何より驚いたのは屋敷の者どもだ。
特にトルマスは、飛び起きるや寝巻から着替えもせずにコートを着こむと、無言で非常脱出口に走った。
「た、太守様あ!?」
一緒に寝ていた若い愛人には、眼もくれなかった。




