第3章「うらぎり」 1-2 家族経営の醸造所
「へえ……」
兵士の一人が、もう一度むこうを向いて座っているストラへ眼をやる。
「強いのか?」
「試してみるか? フィッシャーデアーデ総合一位だぞ」
「はあ? バカも休み休み云えよ」
ま、それが当たり前の反応だろう。フューヴァが鼻で笑ったので、一人の兵士がムッとして眉をひそめたが、もう一人は本気にしておらず、
「怪しいやつらじゃなさそうだ。傭兵でもなんでも、好きにしろよ」
そう云って槍を下げた。
「この村は、なんでこんなに兵士が? 歩哨まで立ってるなんて」
「スラブライエンに、食料を供給しているからな」
「なるほどな……」
つぶやきつつ、フューヴァが手をあげ、プランタンタンが馬車を走らせる。
村の中は、なるほど、補給担当の兵士たちが家畜や野菜などを買いこんでいる。また、村を警備している兵士も多い。
「どうしやす? 宿くれえありそうでやんすが」
時刻としては、我々で云う午後二時ころだった。このまま通り過ぎれば、野宿して明日の午前中にはスラブライエンに到着する。一泊すれば、明日の夜にはつくだろう。
「あのー~~すみません……」
道中のほとんどを飲んでは寝ていたペートリューが、珍しく起き上がって声をかけてくる。
プランタンタンとフューヴァは嫌な予感がすると同時に、何を云わんとしているのか分かった。そろそろ、酒樽の中身が心もとなくなってきていた。
「宿を捜すぞ」
「で、やんすね……」
とはいえ、比較的大きい村といっても、人口は500人ほど。そこに、兵士が80人ほど買付けや駐屯でいる。
案の定、村に宿が二件あり、合わせて15人が泊まれたが、駐屯している兵士のお偉いさん達が陣取って空きは無かった。
で、あれば、先に進むしかない。
ペートリューがあからさまにソワソワし、さらに大量の汗をかいて息も荒くなってきたので、
「あっちに、醸造所があるよ」
いきなり、ストラが村の端の方を指さしてそう云ったので、安堵のあまりペートリューが気絶しそうになった。
プランタンタン、さっそく荷馬車を向かわせる。
すると、本当に小さな家族経営の醸造所があった。四人で馬車を降り、酒を売ってもらおうと建物を訪ねた。
しかし……。
「在庫がない?」
フューヴァが、素っ頓狂な声を出した。
村の小さな醸造所だ。ワイン畑の面積も限られている。駐屯の兵士たちが飲んでいる他、スラブライエンに全て卸してしまい、この秋に造る新酒まで、まったく酒が無いというのである。
「あわわわわわ……!!」
ペートリューが、壊れた機械人形みたいにガクガクと震えだした。
ストラが酸素と炭素と水素でエタノールを合成し、ペートリューへぶちこもうとその首の後ろへ手を伸ばしたとき、
「本当に全部、売ったのか? 特別な何本かを残しているだろ?」
フューヴァの言葉に、歳の頃50ほどの家主、
「そりゃ、残してますよ……。でも、村の祭や、家族で飲むためにとっておいてあるんで……」
「全部とは云わない。スラブライエンに着くまでの分でいんいんだ……売ってくれよ」
「だめですよ……」
「頼むよ……金に糸目はつけないぜ。なあ、ペートリュー」
「! っは、あ、はい……! あ、あの……我慢して少しずつ飲むので……まだ樽に少しありますし……じゅ……いいえ、ご……いやいや、三本くらいあれば……」
「三本も? だめだめ」
「いくらなら売るんだ。一本100……いや、150でどうだ?」
「ええッ!? 」
王侯貴族所有のワイナリーならともかく、こんな田舎の銘も無いテーブルワイン、卸値なら一本10~20トンプが相場だ。それが、
「200でもいいぜ、なあペートリュー」
「に……200どころか……三本で、これ払いますから……なんとか、なん、売って、売ってください……売って……!!」
ペートリューが金貨を三枚出し、家主が比喩ではなく本当にひっくり返った。




