第13章「ていと」 6-8 フエン
気配を探り、もう自分の敵はいなくなったと判断したピオラ、オネランノタルの加勢のために走り出した。
フエンは高速で飛翔し、ザンダルを抜けて西方へ向かっていた。
西方の雄、6内王国が1、バーレ王国へ逃げ帰るのだ。
バーレン=リューズ神聖帝国の「バーレン」は、このバーレ王国が由来である。
一説によると、はるか西方大陸の、神聖帝国と世界を二分する巨大帝国の数代前の王朝の末裔が、神聖帝国の加護と庇護を受け、命脈を保っているのだという。
従って、基本的に西方文明圏の一員である。
バーレン=リューズ神聖帝国は、西方と東方の両文明が合体した、稀有の帝国なのだった。
それは、1000年前の大業により旧世界の国々を滅ぼし、神となって世界を支え、次元を押さえているタケマ=ミヅカが、西方人あるいは西方系の人物だったからに他ならない。
そして、ザンダルにどうしてバーレ王国から魔族が「派遣」されているのか。
それは、ヨダレがバーレ王国からザンダルにもたらされているからである。
フエンは、「九つの牙」の総帥であるトルマスがバーレでヨダレを製造・流通させている組織に、組織及び自身の護衛と保身のために、特に頼んで派遣を依頼したものだ。
従って、フエンこそトルマスや「九つの牙」のために命を賭ける義理も義務も云われもない。
むしろ、生き残って異次元魔王のことを報告しなくてはならない。
魔王はおろか、その配下ですらこれだけの力を備え、しかもそれが複数いるというのだから……。
深夜のザンダルから帝都圏を抜け、そのまま一直線にホルストン王国と帝都との合間に広がる広大な荒野に至って、真冬の低い雲もあってまるで暗黒空間を飛んでいるかのように、周囲が冷たい漆黒に包まれた。
魔族なので飲み食いは必要なく、魔力さえ途切れなければ、不眠不休でバーレに行くことができる。時速に換算すると300キロほどなので、およそ10時間も飛べば到達するだろう。準転送魔法といったところだった。
「やっぱり、西方から来ていたんだね?」
耳元で楽し気なオネランノタルの声がし、フエンは驚愕した。
「行先は、ホルストン……いや、バーレかい?」
気がつけば、まだザンダルの上空だった。
「なん……なんだ……!?!?!?」
何が起きたか分からず、フエンは硬直して周囲を見渡した。眼下のザンダルこそ多くの人々が避難し、明かりもほとんどなく真っ暗なうえ、オネランノタルとの戦闘の余波の火災が見えるだけだが、遠くリューゼンやノーイマル、スメトチャークの見慣れた明かりに、少なくともここがホルストンの荒野ではないことが分かる。
(じ、次元回廊か……!? それとも時空操作か!? いや……まさか……催眠を……!?!?)
精神構造が人間と根本から異なる魔族に、催眠魔術は効果が無い。神経すらないのだから。
しかし、魔族同士の洗脳術に、人間の使用する催眠に似たものは存在する。
魔族が魔族を支配する際に、使用するものだった。
オネランノタルはそれを応用し、逃げるフエンに難なく追いついて思考を読み取り、操作し、その正体を見破ろうとした。
「だけど、流石にバーレのどこに帰るのかまで探る時間はなさそうだね!」
「……ほざけ!!」
こうなったら、勝てないまでも死に物狂いで戦って、何が何でも隙を作って再び脱出を試みるしかない。
フエンの胸にある、濃い黄色の大真珠のようなシンバルベリルが、光った。
同時に、オネランノタルの額の、小粒の真珠めいた朱色のシンバルベリルも光る。
シンバルベリルは、大きさではない。
色だ。
いかに巨大であろうと、青色であれば、砂粒のような黒いシンバルベリルには絶対に勝てない。
ゆえに、フエンは勝とうなどと思っていない。
目くらましだ。
ストロボめいて閃光が幾つも明滅し、エネルギー弾がオネランノタルを襲って爆発した。
食らったところでこの程度の爆発はオネランノタルにかすり傷も与えないが、ウザいのに変わりはない。
オネランノタルがエネルギー弾を避け、また弾き返したものだから、それらが次々にザンダルの街に落ちて、空爆されたように爆発と爆炎が噴きあがった。
中には人の住んでいる家屋もあったが、容赦なく吹き飛んだ。
「ヒドイ魔族だなあ!」
オネランノタルが、喜悦の表情でフエンに迫った。
「非道くない魔族がいるものか!」
「うまいこと云うね!」
「だまれ!!」
その爆破に驚いたのは、ピオラだった。
「なんだよお、番人めえ!」




