第13章「ていと」 6-5 「楔」
そもそもこの色のシンバルベリルを駆使するレベルの魔族と戦えるほどの魔力を、フエンは有していない。依頼に応じ派遣されるほどなので、フエンも並のレベルの魔族ではないのだが、胸に埋まっているシンバルベリルは濃いレモン色だ。数値換算すると、レモン色と朱色では桁が3つちがう。
そのオネランノタルに、特任教授のノーリトーとサペッカが、一撃必殺の対魔族術を構築していた。
フエンなどかまっている場合ではないし、正直、オネランノタル相手にそんな余裕はなかった。こちらはこちらで、必死だ。
結界を張り、対抗魔術を組み上げ、囲いこみ、そして最後の詰めだ。
2人のレベルでは呪文詠唱の必要はなく、思考行使法であるが、これはこれで思考が少しでも乱れたら最初から手戻りとなるため、頭脳や魔力だけではなく胆力、精神力も必要だ。
2人は線が細く、研究者タイプで、実戦でのそこが苦手であり、そのストレスでヨダレに手を出した。
いまも、ヨダレの一種で、集中力を高め、恐怖を和らげる魔薬を使っている。
キマっている状態だ。
オネランノタルしか、見えていない。
確実に魔力の檻がオネランノタルを囲い、魔力圧を高めた。
核融合炉が、ケタ違いの磁力で核融合反応をとじこめるのに、似ている。
この魔力圧で、強靭な結界や防御術で護られている上級魔族の魔力中枢器官を圧壊するのだ。
(気づいていないとでも思っているのかい!? 特任教授、この程度なの!?)
オネランノタルは対魔結界が少しずつ組みあがって周囲にまず檻を構築している時点で、教授たちに気づかれぬよう、魔術式の要所要所に時限爆弾めいて、極小の「楔」を撃ちこんでいた。
しかも、フエンと戦いながら、だ。
(いまだ!!)
組みあがった巨大装置のスイッチを入れて機関を始動させるように、ノートリーが最後に魔力回路を開いた。
膨大な魔力が魔術式を流れ、瞬時に一点集中して結界内に「窯」を形成、オネランオタルを窯内で圧壊せしめる。
はずだった、が……。
そのまま、オネランノタルの仕込んでいた数十にも及ぶ楔が点火。
いっせいに誘爆して魔術式を一撃でバラバラにし、魔力を爆散せしめた。
「……!?」
あっけにとられる特任教授たちの前で、空中のオネランオタルが腹を抱えて笑い転げる。
「……ィイイイイーーーーーーーーーーーッヒヒヒヒヒャアッハアアアッッーーーーーヒャヒャヒャヒャヒャハy!!!! アヒヒヒヒヒヒィイイーーーーーーー!! アイヒィイイイッヒヒヒッヒッヒヒヒヒヒ……!!!!」
その哄笑を聴き、ひきつったように笑い転げるオネランノタルを見やって、上方へ避難していたフエンが戦慄する。
「……バケモノだ……!!」
もしフエンがあの窯に囚われたら、なす術なく分解されていただろう。
その思いは、特任教授たちも同じだった。
これが破られては、勝ち目など無い。
ノートリーが自分の頭から極低温の塊を浴びせ、爆発した。
自殺ではない。
その冷気と凍った水蒸気にまぎれ、魔力と闇を伝って脱出したのだ。
この判断の速さは、流石に特任教授であった。
区画を挟んで反対側にいたサペッカ、ノートリーが脱出した気配を感じ、
(クッソ、あいつ、自分だけ逃げた!)
だが、その判断は正しい。
あわてて風を逆巻かせ、自分もその中に隠れた。
が、一手、遅かった。
螺旋を描いて飛んできたオネランノタルの魔力の鎖が、竜巻ごとサペッカを何重にも戒めた。
同時に、猛悪的な電流が流れ、悲鳴もなくサペッカが感電して仰け反った。
オネランノタルの放つ電撃であれば、電気椅子にかけられたようにサペッカは処刑されていたろうが、オネランノタルはあえて威力を落とし、サペッカを気絶させて捕らえた。
つもりだったが、ヨダレの常習で心臓の弱っていたサペッカは、強烈な電撃に晒されて即死していた。
ほぼ同時に、闇から闇に飛んで逃走していたノートリーを、その闇の中から闇を凝縮したような魔獣が襲った。まさに、夜に黒豹が襲ってきたようだった。
巨大な狛犬というか、空想上の動物のほうの獅子というか、大型犬のチベタンマスティフとヒグマをまぜたような、真っ黒い毛むくじゃらの妖怪めいた5メートルはある怪物が、大きな頭でノートリーの脇腹に咬みついた。
オネランノタルの出現させた魔獣である。




