第13章「ていと」 6-2 誰がなんだって
「火ぃかけろ!」
「先生方、頼みます!」
それぞれの組頭がめいめいに云うや、4人の魔術師が同時に火の球と爆発をそれぞれ2発ずつ、貸家に向かって炸裂させた。
イメージ的には、火の球はナパーム弾、爆発は手榴弾やダイナマイト、火炎は火炎放射といえる。
どれも、基本かつ効果的な攻撃魔法だ。
それらを4発もくらっては、一般的な貸家など木端微塵である。
ところが……。
既にオネランノタルの強靭な防御壁が展開されており、4発とも正確に魔術師たちのもとに跳ね返ったものだから、たまったものではない。
爆音と爆風で家の屋根まで人間が吹っ飛び、または路地塀に叩きつけられ、何人も生きたまま火にまかれ、絶叫をあげて通りを転がった。
「……なあ……!!」
それだけで、200人が怖気づくには充分であった。
「家賃だって高いんだからさあ~~~~破壊したら、弁償してもらうよ~~~~? キィヒーーーッッヒヒヒヒ……!!」
闇のどこかで甲高い合成音の声がして、みな震えあがった。
「で、出やあがったな! バケモノが! 先生方あ!!」
2人の元勇者と、1人の魔族が素早くオネランノタルの気配をつかんだ。
元勇者は、ニセ勇者というより、いわゆる闇落ち勇者とでもいえばよいか。
理由は、2人ともちがう。裏切りや、敗北や、プレッシャーや、野望や、絶望や、失敗だ。
共通しているのは、2人ともヨダレの常習者に「堕ちた」ことだろう。
魔族は、ただの雇われだった。
正確には、派遣だ。
どこから派遣されたのか……は、今後、語られるだろう。
「フエン殿、敵の魔族を我らの前に、追い立てていただきたい!」
闇とはいえ、勇者らしく+50の魔法剣を抜きはらい、1人がそう云って闇に消えた。既に、攻撃力付与、防御力付与に加え、闇を見通す魔術を魔術師にかけられている。
「分かった」
こちらも合成音で、枯れ木か案山子みたいなヒョロヒョロの高身長の影がそう答え、先ほどの爆発で燃える炎を後ろに空中へ飛び上がった。
そのまま、空中からオネランノタルの気配に迫る。
オネランオタルを魔族と元勇者の3人にまかせ、残りはピオラを探した。
「やいトロール女、いやがったら出てこい! バラバラにして肉や骨や内臓をバーレに売り払ってやるぜ!」
「生きたまま、角をひっこ抜いて眼玉を抉り出してやる!!」
「逃げやがったのあ!? 脳足りんのデカパイが!!」
そのヤジに、ドッとその場の無頼どもが笑ったが、ヤジを飛ばした本人が脳天から股下まで一撃で真っぷたつになった。
「誰がなんだってえ?」
通路の闇からぬぅっと現れたのは、多刃戦斧を片手で地面まで叩きつけたピオラだ。
そこで初めて、照明魔法に巨体が浮かび上がった。
見事なほどの隠形である。術というより、野生動物のそれだ。
「で……出やがったな!!」
「ぶっころ……」
もう、重機のアタッチメントめいた多刃戦斧がうなりを上げて振り回されている。
勢いあまって土塀や煉瓦塀が砕け、血しぶきと肉片が真冬の空気に飛び散って凍りついた。
「クソッタレがあ!!」
「かかれ、いっせいにかかれ!!」
「魔法だ、魔法だ!!」
「とり囲んですり潰せえええ!!!!」
威勢よく叫ぶだけの組頭ども、下っぱを前に出すや、どんどん下がった。
「出やがりました、先生方、先生方アああ!!」
その「先生方」は、冒険者のことではない。
皇帝騎士と特任教授の5人だ。
「どこにいらっしゃるんです、お願いします! 先生方!!」
「うるさい」
憎々し気に顔をしかめて、イェムマールィギェンヌが細身の剣でその組頭を刺し貫いた。
声もなく組頭の1人が冷たい地面に倒れ伏し、皇帝騎士はまた闇に気配を消した。
ピオラほどの相手、まともに相手をしていたら、さしもの皇帝騎士達も手傷を負う。そうなれば厳禁されている私闘がバレるし、魔術で追及されれば裏仕事など一発だ。反社組織とのつながりなど、絶対に表に出すわけにはゆかないため、ケガなどして通常任務に支障が出るのはまずいのだ。
やるからには、一撃で暗殺しなくてはならない。
もう少し、様子を見る。




