第13章「ていと」 5-13 西を目指す
「もしかしたら、マーラル市国のあった近くに、庵を組んでいまだ仙人が住まっているという噂は……」
「私のことだよ。ここの光景が、ときおり時空のゆがみで外から見えるときがあるらしい。ここは、それほど深い次元じゃないからね」
「なるほど。……では」
「ああ」
ルートヴァンが踵を返し、キレットら3人も、後に続いた。
次元回廊の出入り口まで戻って、ルートヴァン、少し、無何有の里をふり返ってから、何も云わずに帝都の小さな辻へ帰った。
後日、協会図書館の資料編纂室で、ルートヴァンはオッサンに云われたことをそのままペッテルへ伝えた。どうして、ペッテルの父公爵が、生まれたばかりのペッテルを魔族と融合させるなどという大それたことをしでかしたのか……。その、推論と可能性を。
「あくまで、可能性だ……もう、真実は誰にもわからん……」
ペッテルはその凶悪な肉食昆虫状の頭部を、足元に向けていた。まったく表情が変わらないので、感情が読めない。
ルートヴァンは、辛抱強く、ペッテルの答えを待った。ペートリューら3人も、黙然としてペッテルを見つめている。
やがて、ペッテルが静かに顔を上げた。
「大公殿下……ありがとうございます。そのことを、教えていただいて……」
「そうか」
「可能性だけでも……知ることができて、胸のつかえがとれました。しかし、父と、父に協力した魔族を殺してしまったこと……もう、取り返しもつきません。真実は……永久に……」
「そうだな」
「私も……その、魔力症というものについて、調べてみます。そして、自分に何ができるか、探してみます」
「そうか。分かった」
そこで、ルートヴァンは話を切り替えた。
「我らの仕事は終わりだ。オッサンの話を全て信じるわけではないが……ことごとく、つじつまが合う。大部分は、おおよそ、その通りなのだろう……」
「では……」
「僕らは、西に向かって出発する。ペッテル、おまえは引き続きフローゼの修理と、地下書庫での調査を頼む。特に、他の魔王に関してな」
「畏まりました!」
「まず、ホルストンですか?」
キレットの言葉に、ルートヴァン、
「ホルストンの前に、ゲーデル山に登ろう。ちょうど、ピオラを連れてゆかんとならんしな」
「では、マーラル市国の……」
「そうだ。僕は本気だ。市国に、無何有などというとんでもないものの製造技術が眠っているかもしれんというのなら、いずれ偶然にも誰かが発見する恐れがある。完全に滅したい」
「なるほど……!」
「それに、魔王マーラル……無楽仙人と会えるかもしれんしな」
「分かりました」
キレットとネルベェーンが力強くうなずき、
(山登りかあああ~~~メンドそお~~~~)
ペートリューは冒険の一番はじめ、ストラと出会った山深いリーストーンのタッソの街を思い出し、顔をしかめてスキットルを一気飲みした。
6
時間は、少し戻る。
トルマスは、命知らずにも本格的にシマを乗っ取りにきた勢力(と、勝手に思っている)であるピオラ達と全面戦争を決意し、急速に兵力を整えた。
下部組織「黒い巣箱」が放った様子見のカチコミが壊滅したことの詳細は伏せられ、腕に覚えのある冒険者崩れを中心に、各組織より報酬を3~5倍にして精鋭を集めた。中には、元勇者も何人かいる。総勢で、200人を越えた。まさに、小国の兵力に匹敵する規模だ。
中でも切り札は、ヨダレ常習者の客からスカウトした皇帝騎士3人と特任教授2人である。5人とも高報酬で皇帝府に勤めており、カネが無いわけではないが、ヨダレ50人分という特約に飛びついた。これだけあれば、自分で使うほか、転売してもいい。
トルマス、本当はもっと皇帝騎士と特任教授に声をかけたのが、襲撃日に非番だったのがその5人だけだった。さすがに、宮城の守護を休んでまでトルマスに力添えをする者はいなかった。
トルマス自身は役人気質の小心者で、とても暗黒組織のボスというタイプではないのだが、表の仕事がザンダルの太守であるという立場と、組織の運営と手配の速さには定評があり、それがヨダレの流通の仕事を仕切るのに最適なのだった。トルマス以外の8人の幹部にとって、実に、
「仕事がやりやすい……」
ボスであることに変わりはなく、今回の皇帝騎士や特任教授の手配の速さも、見事なものだった。




