第13章「ていと」 5-11 魔力症
「だが、濃すぎる魔力は毒になる。魔術師だって、魔力中毒になる。まして、一般人はもっとなりやすい」
「その通りだ」
「生まれつき、魔力の耐性がものすごく弱い者がいるのは?」
「聴いたことはある。ほとんどは生まれる前に流れるが、生まれても10歳まで生きられれば幸運だと……」
「そうだ。それが魔力症だ」
「しかし、このような世の中だ。魔力症でなくとも、飢えや戦争、事故、他の病で死ぬ者も多い。なぜ、魔力耐性の無い者だけを特別視する必要が?」
「魔力症は、魔法で治せないからだ」
「魔法で治せない病など、いくらでもあるだろう」
「でも、治せなくはないだろう。たまたま治せたとしても……だ。腕の良い医療魔術師とか、神聖魔術師とか」
「確かに……」
「だが、魔力症だけはどうにもならん。魔法を施したら、死ぬのだからな。そこにあるのは、絶望だけだ。奇跡すら起こらん。救いようがないんだ」
ルートヴァンは、そこでやや無言だったが、
「それと、魔族との融合に何の関係が?」
「魔族……魔物は、魔力を食って生きている。魔力に完全な耐性があるからな。その生命機構をとりこめば、魔力耐性が無い者も、この世界で生き延びる可能性はある」
「悪いが、そこまでして救う意義は?」
「御仲間の半魔族がおるだろう。地下書庫へ通じる次元回廊を管理している」
ギョッとして、4人がまた凍りついた。
「……あの者も、似たような理由で魔族と融合し……命が救われた部類ではないのか?」
「フ……分からんな。あの者と魔族を融合させた者は、もういない」
「そうか……」
オッサンが、徳利を傾ける。
「……無何有はな、これまでのどんな魔薬より強力に魔力へ作用し、ヨダレなどとは比較にならんほどの快楽と副作用を生む。一説には、その効果は現在のヨダレの200倍だそうだ」
「200倍!」
ルートヴァンが目を丸くした。
「製法と、製造技術ごと、仙人様が滅ぼした。……そうだ」
「だが、組織の一部の者が、バーレに逃げ伸びた……?」
「らしいね。そこで、性懲りもなく無何有の復活を目論んでいるようだが、300年経っても結晶精製技術が復元されてないという」
「なるほど……貴殿は、その技術を知っている?」
「知らんよ」
「技術の眠っている場所は?」
「知らん!!」
オッサンが、声を荒げた。そしてルートヴァンをにらみ、
「あんた、頭が良すぎるのも考えものと知れ! 時には、愚者のフリをすることを覚えるがいい!」
「いまが、そのフリをするときとは思えんが……」
「マーラルに行って、何をする気だ! 魔王はもういないと云っただろう!」
「もし、マーラル市国の隠された遺跡に、その無何有とかいう魔薬を精製する技術の痕跡でも残っているとしたら、異次元魔王聖下がその痕跡すら微塵も残さず、完膚なきまでに消滅せしめるでしょう」
「なんだって……!?」
ルートヴァンが決意をこめて云った言葉に、オッサンが顔をゆがめて息を飲んだ。
「……そうかい……」
飲んだ息を大きく吐きつけ、オッサンが肩を落とした。そして徳利をラッパ飲みに傾け、
「あんたも、魔薬に翻弄されたクチか」
「友を失ったものでね」
「まあいい。その言葉を信じるとして……正確な位置は、私にも分からん。動いてるんだ。知ってるだろう?」
「次元漂流?」
「そうだ」
「魔王マーラルは、市国ごと、次元陥没処理か何かに?」
「そういうことになる」
「漂流に法則性は?」
「無い。……が、影だけが、時々映るというのは聴いたことがある」
「影……」
「ゲーデル山の上から、リネッツの荒野を見やっていたら、都市の影が見えたという報告が何件かあるんだ。ただし、見える条件は全く不明だ」
「ふうむ……」
ルートヴァンが、顎に手を当てた。




