第13章「ていと」 5-10 副産物
「なんだ、あんたたち……よくもまあ、ここまで到達できたものだな……。たいしたもんだ。いや、ホントに」
云いつつ、徳利を手にし、迎え酒をあおった。
「では、褒美に、いろいろ教えてもらいたい」
「その前に……何者だ、あんた。次元回廊を開けることができるとは、ただの魔術師ではあるまい」
「僕は、異次元魔王ストラ様の第1の使徒、エルンスト大公ルートヴァンだ。この者らは、同じく異次元魔王様の配下の魔術師、ペートリュー、キレット、それにネルベェーンだ」
「異次元魔王!?」
「そうだ。聖下はいま、かの大魔神メシャルナー様が行った世界固定の大業を約1000年ぶりに行っておられる。既に、魔王を4人、倒した」
「ふうん……」
おっさんがそうつぶやいて少しだけ沈黙し、改まって、
「で、何を聴きたい?」
「マーラル市国にいたという魔王マーラル……もしくは、無楽仙人について、何か御存じないか? この両名は、同一人物であろう?」
長椅子に座ったままのオッサンが、澱んだ目でルートヴァンを見上げた。
「正確にはちがう……らしいが、よくわからん。仙人様は、この世の全てを包括し、そして超越しておられる」
「この場所は、仙人が作ったのか?」
「だろうね。……私が仙人様から預かり、管理を託された場所だ」
「やはり、貴殿は仙人の弟子か何かか?」
「弟子などと……大層なものじゃない。それに、仙人様はもういない。探しても無駄だ」
「どこに行ったのだ」
「知らんよ。次元の果てに消えた……としか、云いようがない。人智を越えていらっしゃる」
「マーラル市国を亡ぼしたのは、魔王マーラル本人……仙人なのか?」
その質問には、オッサンはルートヴァンから視線を外し、しばし徳利の口を見つめていたが、やがてそれを傾け、ゴクリと喉を鳴らした。
「……そうだ」
「どうして? 無何有の関係か?」
そこでまたオッサンはルートヴァンを見やり、皮肉っぽく口元を曲げて、
「そうだ」
「詳しく、教えてくれないか。知ってる限りでいい」
「既に滅んだ都市だ。忘れ去られている。知ってどうするんだ?」
「宮城に、ヨダレが蔓延しているだろう」
「よく知ってるな。地下書庫でつきとめたか」
その言葉に、キレットとネルベェーンが息を飲んだ。ルートヴァンが眼を細め、
「そっちこそ、僕らが地下書庫へ行っていることを、どうして知っている?」
「なに、そういう噂はあったんだ。資料編纂室と、地下書庫をつなげた者がいるってね。しかし、私には出入口は分からなかった」
「なるほど……それで、たまに編纂室へ?」
「まあね」
「それで、なぜ仙人……魔王マーラルは、市国を亡ぼしたのだ?」
「市国は、帝国でも有数の魔術都市だった。無何有はね……元々は、いまの魔術師協会付属魔法研究所みたいな、市国の魔術研究機関の一部だったんだ」
「ほう……何を研究していたんだ?」
「ま、いろいろとね……」
「魔薬のほうの無何有は、その研究組織が開発したのか?」
「副産物として、偶然生まれたそうだ」
「何の研究の?」
「人間と魔族の、融合研究だよ」
「なにッ……!!」
流石のルートヴァンも、声が硬くなった。他の3人も、固まりつく。
「な……なんのために……だ……!?」
オッサン、そこでまた視線を外し、空になった徳利を卓に戻すと、まだ酒の入っている徳利を探しながら、
「あんた、魔力症を知っているだろう」
「魔力症?」
「知らんか……」
「何かの症例か?」
「この世界は濃厚な魔力に満ち、私らはそこで生まれ、そして死んでゆく。私らは魔法として魔力を利用し、魔法は万能ではないが私らを助けてくれる。それが真理だ。魔術師という職業も生まれている。私らのようにな」
「そうだな……」




