第13章「ていと」 5-9 無何有の里
(フフ……やはりあの御仁、シンバルベリルか何かは知らんが……魔王に匹敵する大魔力を自在に操る達人であったか……)
ルートヴァンがそう感じて、ほくそ笑んだ。
(しかも、あえて世捨て人を演じ、何かを隠蔽しているのか……それとも、本当に何かしらあって、世を儚んで名すら捨てた大魔導士か……)
ヴィヒヴァルンの諜報の網に、まったくかからぬ人物がまた1人、しかも帝都にいたという事実に、ルートヴァンは嬉しくなった。
「世の中は、本当に広いな!」
「は?」
「聖下のおかげで、さまざまな人物と出会える。ヴィヒヴァルンにいたままでは、この冒険の旅で出会うような人々と誰とも会わずに一生を終えていたかもしれんと思うと、恐怖で身が震えるよ」
ルートヴァンがそう云って感慨深げに、3人を見渡した。
「はあ……」
キレットは何が何やら分からず、生返事を返すのがやっとだった。
「そんなことよりルーテルさん~~~早くしてください~~~雪が~~~~~」
髪も顔も雪まみれになりながら、それでも(今日は図書館ではないので)高級リヤーノの瓶を傾け、ペートリューが声をあげる。それこそストラに出会わなかったら、ペートリューなど絶対にかかわりを持たないであろう部類の人間であり、ルートヴァンは苦笑しながら、
「ちょっと待っててよ、人使いがあらいなあ」
ルートヴァン、足跡をつけながら辻を回り、丹念に魔力を探った。
(まさか……次元回廊をつなげているのか……? それほどか、あの御仁……)
この世界で次元窓や次元回廊を構築することができるのは、まさにストラを含めて、魔王のみである。
(だが、オッサンが魔王とは考えにくい。そんな気配は、微塵もない。魔王級だとして、そうすると、簡易回廊か……?)
簡易回廊であれば、ヴィヒヴァルンの父王太子より送られてくる魔王級の魔力があれば、ルートヴァンにも接続が可能かもしれない。
(よし……)
ルートヴァンが集中して思考で術式をくみ上げると……果たして、雪の辻にぽっかりと入口が出現した。
暗く、湿った感触の回廊を数分も進むと、見渡す限りの平原に到達した。草木には色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が飛び、鳥が遊んでいる。晴天は高く、薄い雲が棚引いていた。泉があり、木々が生えて、木陰を作っている。
まさに、桃源郷か、無何有の里であった。
「暑いですね……」
ペートリューがさっそく、防寒着を脱いだ。たしかに、夏ほどではないが、小春日和ほどはある。
ルートヴァンがそんな景色を見渡し、
(簡易回廊かと思ったが……けっこう本格的な回廊だったな……。これは、オッサンが作ったというより、何者かが作ったものを、オッサンが引き継いだと観るのが妥当だろう)
そう思い、オッサンを探す。
「で、殿下、ここは……?」
キレットが、呆然としつつ、ルートヴァンに尋ねた。
「魔法で作られた、結界空間の一種だ。こんな大規模なものを誰が作ったのかは、知らんがな」
「ここが、魔法で……!?」
思えば、第7章で聖魔王ゴルダーイが閉じこめられていた封印空間に、よく似ている。もっとも、ルートヴァンには知る由もないことだが。
「ルーテルさん、小屋がありますよ! 行ってみましょう!」
云うが、防寒着を抱えたペートリューが歩きだした。
「待って、ペーちゃん、先に行くんじゃない」
3人も防寒着を脱いで小脇に抱え、ペートリューに続いた。
花の草原を歩き、ゆるい丘を下ったところに大きな泉があって、畔に東屋があった。近づくと、萱葺屋根で土壁の西方様式の小さな建物だった。大きな植物の葉で蓋をされ、縄で結ばれた大小の甕が、たくさん置かれている。
その東屋の影に、頑丈な籐で編まれた長椅子があって、誰かが横になっていた。すぐそばの卓には、陶器の徳利が何本も転がっている。
「フ……いたぞ」
ルートヴァンがそうつぶやき、
「おい、オッサン、すまないが起きてくれ。いろいろ聴きたいことがあるんだ。おい!」
オッサンは、爆睡していた。
「おい!! オッサン!!」
「あ、ああ、ええ……?」
オッサンが、驚きつつも大あくびで目を覚まし、ゆっくりと身を起こした。




