第13章「ていと」 5-8 ルギャマラベ
「魔獣使い」たるキレットとネルベェーン、その両方を使うことができる。これは、彼らの出身である南方大陸独特の魔術の一種で、帝国では魔獣を専門に使役する魔術師はいないに等しい。
昨年まで冒険者をしていたころは、南部大陸より連れてきた大型魔獣を使っていたが、ストラに倒されたのは第6章で記してある。
生き残った鷲頭有翼獣(グリフォンや、セマルグルに似ている魔物)は、隠密探索行動に目立つので、ウルゲルア東部に到着後、南方へ帰していた。
いま召喚した小型犬ほどの大きさの魔獣は、犬と像とフナムシを合わせたような外観をしており、まさに古生代の古代生物めいた姿をしていた。
これは臭いと魔力を嗅ぎつける感覚に優れた、諜報用の魔物だ。魔物は繁殖するのではなく個体によって個別に発生するものなので、種として同じ姿のものが多数存在しているわけではなく、種名も特にない。あるとすれば、たまたま魔術師が似たような特徴を持つものや、群体として発生したものを区別し、命名しているに過ぎない。
従って、この魔物にも特に名前はなく、キレットは自身の南方部族語で「鼻の長い虫」という意味の「ルギャマラベ」と呼んでいた。
その鼻長虫が、夜の古書店に現れる。
(さすがに、魔術結界がすさまじいな……)
戸締りが厳重なのは云うまでもなく、対魔法防御も相当なものだった。ルートヴァン級だ。
だが、中を探ろうとしているのではない。その結界も含めて、オッサンの魔力を嗅ぎ、その痕跡を手繰ろうといううのだ。
鼻長虫が濃厚かつ独特の魔力をつかみ、ガサガサと冬の夜道を歩きだした。白い息を吐いて、2人がその後を追う。
長い鼻を掲げて、鼻長虫はまっすぐに道を進み、小雪の積もっている場所では虫の這ったような足跡をつけた。
基本的に官庁街である深夜の帝都は静まり返り、夜のほうが賑やかなザンダルとは対照的だった。ほとんどだれも歩いておらず、いたとしても(この真冬に)酔っ払いだった。
酔っ払いを見かけるたびに、オッサンかと思って息をひそめ、注視したが、みなちがった。ちなみに、ペートリューでもなかった。
その日は鼻長虫がとある小さな辻で止まって、ずっとそこをウロウロしはじめた。つまり、オッサンの臭いと魔力がそこで途切れていることを意味する。
(ここより転送したか、あるいは……魔法の道具で、次元を超えて消えたか)
2人はかなり念を入れて魔力の痕跡を探ったが、まったく分からなかった。
「元より、あれほど見事な結界を作る相手……我らでは、どうにもならん」
ネルベェーンが低い声でそう云い、朝方になったのであきらめて撤収した。
それから3日……。
鼻長虫は、3日間とも、まったく同じ場所で止まった。
「やはり、この狭い辻に何かある」
ネルベェーンがぶっきらぼうにそう云い、
「殿下に御出ましを願おう」
「そうだな……」
キレットも嘆息する。帝国流の初歩的な一般魔術も習得しているとはいえ、探索魔術に特別秀でているわけでもなく、魔獣使いには、これが限界だった。
その日は早々に戻り、仮眠すると、翌日、早朝からルートヴァンの宿泊する下宿を尋ねた。
「分かった、行ってみよう」
「殿下のほうは、何かしら進展は御座りましたか?」
「まったく無い」
苦笑交じりにルートヴァンがそう答え、
「やはりオッサンだ、あのオッサンに会わないことには、にっちもさっちもゆかん」
「いかさま」
その日は、朝から激しい吹雪だった。
地下書庫の探索はペッテルに任せ、ペートリューも連れて4人で帝都の片隅の名もない小辻に向かう。
「ここか……」
「いかさま」
既に、辻道は雪で真っ白となっていた。
猛烈に雪が吹きつける中、ルートヴァンが白木の杖を掲げ、小刻みに動かしながら魔力の流れを追った。
「ふうん……」
確かに、微かな流れがあった。独特の魔力だ。強いて云えば、魔王級の魔力を無理やりに絞りこんで弱めたような、見えないほどに細いのだが鉄よりも強靭な糸のような、そんな妙な魔力だった。




