第13章「ていと」 5-7 オッサンを捜せ
2人が、そんな声を喉から発して、絶句してしまった。さしものペートリューも、
「え? え? ということは、皇帝府内で、そのヨダレとかという強い魔薬が、裏で取引されてるってことですか??」
「そういうことだろうね。しかも、3年前……いまでもそうだろう」
「だ、誰が使ってるんですか!?」
「さあね。皇帝府には、特任教授を含め、強力な魔術師がいくらでもいるし……カネに糸目はつけないだろう。そうなると、魔術師協会にも流れているのでないか?」
「うっひゃあ……」
ペートリュー、無意識でスキットルを口に当てたが、もうカラだった。
「フフ……とんでもないものを見つけてしまったな。こんな最近の書類で、しかも、消耗品の購入履歴などというどうでもいいものが地下書庫にあるのも妙だと思うし……保存年限を過ぎて廃棄処分する日まで、これを隠すためにあえて置いたのかもしれん」
「…………」
4人とも、しばしそこで黙りこんでしまった。
「ど……どう、しますか、殿下」
やがて、キレットが絞り出すようにそう尋ねた。ルートヴァンも、流石に頭を抱える。
「どうするか、な……」
そのまま髪をぐしゃぐしゃとかき、
「皇帝府はおろか、魔術師協会としても、大罪のはずなのだが……こんな小役人が売人をしているようでは、どこまで広がっているのか想像もつかん。他にも、売人が複数いるのだろうしな。また、この手の上玉の魔薬は、金持ちが使うものだからな……皇帝が使っている可能性だってあるぞ」
「皇帝が!?」
キレットが、驚愕に細い眼を丸くした。
「あくまで、可能性だがな……コンポザルーン帝は、魔術師協会の会長だしな。それゆえ、下手につつけば、帝国をゆるがす大騒動になるぞ……! 確証もないし、そもそもそんなことを捜査する時間も権限も義理も義務も必要もない」
「で……では、見過ごす……と……?」
そこでルートヴァンも苦悩に唸る。
かつて、薬物に手を出し、魔術師生命を奪われた親友の顔が、やたらの脳裏に浮かんできた。もう、忘れていたのに。忘れようとしていたのに。16歳の時だった。
だが、ヨダレという言葉を思い出したのも、その親友の導きだろう。かつて、その者が口にしていた言葉だったのだから。
(このような時……聖下であれば……)
「いいよ」
こともなげに、そう断言するだろう。
ルートヴァン、珍しく顔をゆがめていたが、
(フフ、フ……いつもいつも、なにがどう『いい』のやら……)
ストラの半眼無表情を思い出し、ルートヴァンはちっぽけな悩みを抱えているのがばかばかしくなった。
ふと、いつもの不敵な笑みに戻り、
「なあに、どうせ聖下の世となれば、帝都などどうなるかもしれん運命よ。ヨダレなどという些事にかまっている場合ではない。とはいえ、見逃すのも後味が悪い。ここはやはり、なんとしてでも、オッサンに話を聴かなくてはなるまい」
「オッサン殿に……?」
キレットとネルベェーンが、顔を見合わせた。
「どうしてですか?」
「魔薬のほうの無何有のことで、あの世捨て人めいた酔漢が、あれほど激高したのだ。おそらく、オッサンは宮城や協会に蔓延るヨダレのことを分かっており……そして、その蔓延を少なからず憂いている。でなくば、これ以上強力な、伝説の魔薬の出現の可能性に、あれほど憤らないと思う」
「なるほど……!」
「オッサンに話を聞けば、なにかしらよい考えもうかぶやもしれん。それに、そのことが、無何有とマーラル市国滅亡の秘密に関して、決定的な情報となるだろう」
キレットが襟を正し、
「分かりました。私とネルベェーンは、明日より古書店のほうに詰めます。魔獣も使い、オッサン殿の行方を捜しましょう。殿下とペートリューさんは、公女様と共に、引き続き地下書庫での探索を!」
「頼んだぞ」
「畏まりまして御座りまする!!」
ひと口に魔獣と云ってもさまざまで、本当の魔物(魔力依存生物)の魔獣もいれば、魔獣と呼ばれているいわゆる原生生物のモンスターもいる。後者で高名かつ一般的なのは、各種の竜である。




