第13章「ていと」 5-6 ヨダレ、ウケ 20 7000
「フ……知らんがね。何にせよ、聖下もおられることだし……悪いことにはならんだろう。向こうが面白い成果をあげて、こっちは何も成果なしじゃあ格好がつかん。ここはひとつ、気を入れなおして頑張ろうじゃないか」
「畏まりました!」
キレットとネルベェーンが張り切ってそう答えたが、その日も結果は同じだった。
ペッテルは黙々と検索盤を駆使し、きれいな字のメモを大量に持ってくるが、どれもこれも曖昧かつ不正確かつ破片的で、なんのつながりも見えないものばかりだ。
そんな中、キレットがペートリューの悪筆のメモを見やって、ふと、
「ペートリューさん、これ、なんと書いてあるのですか?」
「ふええ?」
トランプの神経衰弱めいてメモ用紙を大量に机に並べ、意味不明にバラバラと裏返したり戻したりしてスキットルをひたすら傾けているペートリューが、素っ頓狂な声を発した。
ペートリュー、キレットの掲げた自分のメモを見やって、
「え? ええと……ああ、これは、ヨダレです」
「ヨダレ?」
今度は、キレットが素っ頓狂な声をあげる。
「ヨダレとは……唾液のヨダレですか?」
「ええ? ええ、まあ、たぶん……」
「? ? ?」
キレットが正直に眉をひそめた。何をどうしたら、ペッテルの検索で「ヨダレ」がヒットするのだろうか?
ペートリューが急激に汗だくとなり、
「いやっ、その、その~~~ち、ちゃんと、ペッテルさんの検索した書類の束を見てたんですよ~~~そうしたら、書類のウラに、マルで囲ってそんな殴り書きがあって~~~面白そうだったから、そっちを書き写しました~~~~」
「……はあ……」
ため息交じりにキレットがメモを机に置こうとしたとき、眼を細めてルートヴァン、
「ちょっと、見せてくれ」
「あ、ハ……」
キレットがメモを渡した。
「ヨダレ、ウケ……? 20 7000 とある。……ペーちゃん、これは、いつの何の書類の裏に?」
「ええと~~こんどはちゃんと、そっちも写してます、ええと、隅のほうに書いてます」
ルートヴァンがさらに目を細めて、
「読めないよ」
メモをペートリューへ渡した。
「ええ~~~~デッラコンポ25年の、皇帝府管財部の、消耗品購入履歴書類です」
「25年? 3年前か」
ルートヴァンがそう驚き、
「ず、ずいぶん最近ですね」
キレットも、意表を突かれてペートリューを凝視した。
なお、デッラコンポとは、コンポザルーン帝即位の年が元年となる。
「ペートリューさん、その消耗品の購入履歴のどこに、例のあの物や、無何有のことが書いてあったのですか?」
「え? 分かりません」
「…………」
キレットが黙りこんでしまい、ペートリュー、細かく震えながらスキットルをガバガバと傾けだした。
「ヨダレ……ヨダレ……」
ルートヴァンは、そうつぶやきながら、何かを思い出そうとしていた。
「殿下……?」
3人も、そんなルートヴァンをしばし見つめた。
「ヨダレ……」
そこで、ルートヴァンが大きく息を飲み、
「……思い出した!! ペーちゃん、大発見だ!! さすがだよ!! やっぱり、ちがうなあ!!!!」
突如として真剣な表情でそう云いだして、ペートリューを見つめ返した。
「いいか、これはとんでもない写しだ! ヨダレというのはな……例の魔薬類の隠語の1つだ。しかも、かなり強力な部類のな……由来は、ヨダレのような、薄い粘液状の物質だからだそうだ。見たことは無いがな……」
キレットとネルベェーンも、驚愕に息を飲んだ。
「え……すると、これは……」
「そうだ。皇帝府の誰かが、ザンダルあたりからヨダレを買いつけた裏の記録だろう。20個で7000トンプとか、そういう意味じゃないか? ウケとは、受領したということだろう」
「げえっ……!」




