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第13章「ていと」 5-4 ミレドの痕跡

 「あの御仁、店番の魔力分身を見ても分かる通り、ふざけているが、実力は相当なものだ。表には出せない古文書を入手し、マーラル市国や無何有ミレドのことを詳しく知っているのかもしれん」


 「では……何かしら、聴きだしたほうが……」


 「待て。いまは・・・敵に回したくない。下手につついて……とんでもないものが出てきても厄介だ。最終手段として……頭に入れておけ」


 「畏まりました」

 キレットがうなずき、次にネルベェーンが、


 「それにしても、無何有ミレドでは、いったい、何を作っていたというのでしょう? 特別に強力で危険な、魔法の道具かなにかでしょうか」


 「分からんが……」

 そこでルートヴァン、ピンときた。

 「分からんが、もしかすると……『例のあの物』……ではないのか?」

 「……!」

 キレットとネルベェーンが、眼を見開く。


 かつて無何有ミレドがマーラルで製造し、流布させていた、今は無き恐るべき古の魔薬……その名も「無何有ミレド」……。


 「な……なるほど!」

 そこで、用具入れより、恐る恐るペッテルが顔を出した。


 「……よかった、皆様方でしたか。なにやら、ずっとここを探っていた方がいたものですから……」


 「用心せよ、ペッテル。例の、古書店の店主だ」

 「以前、御聞きした?」


 「そうだ。飄々とした酔漢だが、侮れん奴だ。何かしら、マーラル市国や無何有ミレドについて知っているらしい。我らがそれらを探っているとして、警告をしに来たのだ」


 「警告? なぜでしょうか?」

 「それだけ、危険な代物なのだろう……」


 ルートヴァンが神妙な面持ちとなった。ヴィヒヴァルンでは厳しく取り締まっている各種の魔薬だが、使用が後を絶たない。頻繁ではないが、学院でも学生や教授の使用例がある。非常に厳しい学歴社会、出世競争の中での凄まじいストレスに、並の精神では耐えられないのである。かつてルートヴァンと仲の良かった学友の1人も、落ちこぼれて薬物に手を出し、破門されて魔術師としての生命を絶たれたものがいた。


 「だが、我らが魔薬などに手を出すわけもない。機会があれば事情を話し、分かってもらえるだろう。さ、いまは、組織のほうの無何有ミレドを探索し、なんとか市国の跡地を探し出して、魔王マーラルの痕跡を得ることに専念しよう」


 「畏まりました」


 意を決したようなルートヴァンの表情に、キレットとネルベェーン、ペッテルがそろってそう返事をした。


 「あ、そうそう、ペーちゃんは、念のためオッサンとはもう関わり合いにならないように!」


 笑顔でそう云うルートヴァンに、ペートリューは手ブレした映像みたいにガクガクと震えだし、


 「わっわわっわわわわっわ、わk、わわ、わ…………!!!!」

 分かりましたと云おうとして、けっきょく云えなかった。

 


 それからさらに数日が経ち、一行は集めた資料をひたすら編纂したが、無何有ミレドようとして正体が知れず、また、とうぜん魔薬のほうの無何有ミレドの情報も何も得られなかった。


 「あるようで、無いな……」

 ルートヴァンも嘆息し、顔をしかめた。

 「うわさ話ばかりですね」

 皆が集めた書き写しメモを何度も見返し、キレットがそう云った。


 「うわさは大事だ、キレット。しかし、情報がバラバラすぎる……断片を通り越して、破片しかない」


 「それだけ、恐れられていて、かつ取り締まりも厳しかったのでしょう」


 「そうなるな。しかも、市国滅亡前の記録では、無何有ミレドのミの字も出てこない。組織が現役で、報復を恐れて口をつぐんでいたのだろう」


 「むしろ、情報統制がより厳しかった……と」

 「結果としてな」


 「しかし、それほどの魔導組織……いったい何者が、市国ごと滅ぼしたのでしょう」


 「わからん」

 ルートヴァンが眼をこすり、あくび交じりにつぶやいた。


 「皇帝の命により、どこかの国が滅ぼしたのであれば、少なくとも皇帝府の記録に痕跡でも残るはずだが……何もない。また、それほどの魔術師の広域組織と戦うのに、特任教授や、ヴィヒヴァルンもしくはウチの学院出身の上級魔術師が出なくては、とうてい相手にはならないと思うんだが……もちろん、ウチにもなんの記録も伝承もない」

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