第13章「ていと」 5-1 魔薬
「気難しい御方だから、邪魔をするな」
そういうわけで、誰も近づかなくなった。
ちなみに、集めた資料を4人が編纂している間にも、ペッテルは1人で書庫の探索を続けていた。万が一、誰かが編纂室に入ってきた際に、騒ぎになるのを防ぐためと、ペッテルのほうが資料探しに慣れているからだった。
地下書庫で書き写したメモをひたすらとりまとめ、だんだん詳細が分かってきた。
・300年前、マーラル市国滅亡と同時に「例のあの物」の流通もほぼ途絶えた
・「例のあの物」は、帝都圏を中心に各国の貴族や王族にまで蔓延していたが、地理的な法則性はない
・地理的な法則性は無いが、必ずその国の魔術師の名前が上がっており、また魔術師本人の記録も多い
「なんとなくわかったぞ」
椅子に座ってとりまとめた資料を睨んでいたルートヴァンが、眉をひそめてつぶやいた。
「と、申しますと……」
「おまえたち、魔薬は知っているだろう」
「はい」
魔薬とは、いわゆる違法薬物の一種であるが、この世界独自のもので、魔力に作用し、絶大にして様々な快楽を得る。より大きな魔力を有する魔術師にはより大きく作用するが、より大きな副作用も与え、廃人になる確率も高いし、けっきょくは重篤な魔力中毒で死ぬ。魔術で合成され、現在ではほとんどの国で禁止されている。が、禁じても禁じても、次々に新しい魔薬が生まれ、流通されている。
ちなみに魔術王国たるヴィヒヴァルンではその蔓延が国の存亡にかかわるため特に厳しく取り締まられており、製造と流通は死刑、所持及び使用はヴィヒヴァルン流魔術師として破門、全術式忘却刑のうえ国外追放、密再入国は死刑である。
「魔薬と云ってもピンキリだが、かつてはかなり強力な代物もあったらしい。その幻の魔薬の製法と実物は、既に存在していない。何百年か前に、滅んだらしい。詳細は不明だ。完全に秘されている。バカが探索して、復活させないようにな」
「……」
キレットとネルベェーンが、互いを見やった。
ペートリューは、メモをまとめながらスキットルをチビチビやっていて、聞いていなかった。
「……では『例のあの物』とは、その封殺された恐るべき魔薬のこと……と?」
「そう思わないか?」
「云われてみれば……」
キレットがそうつぶやき、黙りこんだ。
なお、彼らの出身である南方の奥地では、呪いの儀式に魔薬も含む帝国では禁止されている薬物も使うので、2人にとって魔薬は意外に身近な代物であり、そこまで禁止されるほど強力な魔薬というのは、逆にピンと来なかった。
「ちなみに、その魔薬は、なんという名前なのですか?」
「それが、僕をもってしても、分からない。なにせ、一切の記録が無くなったからな」
「まさに、マーラル市国と同様ですね」
「そうだ。それが逆に、つながっているような気がする」
「なる……ほど……」
キレットがうなずく。
「では殿下、市国と共に、その魔薬の情報も探ることといたしましょう」
ネルベェーンが低い声でそう云い、ルートヴァン、不敵な笑みで、
「そうしよう」
そこでペートリューが大きなくしゃみをして、せっかく並べていたメモがみな吹き飛んでしまった。
「おいおい、ペーちゃん、風邪かい? 気をつけてよ」
「ず、ずびばせん」
鼻をすすり、ペートリューがあわてて散らばったメモを集める。床にも散らばったので、キレットやネルベェーンも屈んでメモを拾い集めた。
その中の1枚で、ペートリューの汚い字で殴り書かれたメモを、ルートヴァンがふと、足元より拾い上げた。
何気なくそれへ眼を通し……息を飲む。
「……おい、ペーちゃん!!」
「なんですか?」
息せき切った声に、キレットとネルベェーンもメモを手にしたまま注目した。
「こっ……これ、なんの書物からの書き写しだい!?」
「え……?」
ペートリューがメモを受け取り、まじまじと見つめたが、頬がひきつっていた。
「わ、忘れました。ごご、ごめんなさい」
酔っぱらいながらの作業なので、出典を書き忘れている。
「殿下、どうされました?」
キレットがペートリューよりメモを受けとり、ネルベェーンも覗いた。そして、2名とも、大きく息を飲む。




