第13章「ていと」 4-15 ヨダレ
「アッシが、皆さん方を、組織に報告すると思わねえんで?」
「思うよ。そうしたら、アンタは死ぬだけだぜ」
「魔王は、絶対に組織に勝てると? カネやヨダレで釣った、皇帝騎士や特任教授も出張りますぜ?」
その言葉には、ホーランコルが鋭い眼をスタールへ向ける。
(……カネと同様の価値があるのか……その『ヨダレ』とやらは……)
もう、ピンときた。
(なるほど、『ヨダレのシマ』とか云っていたし……さては、特殊な薬物か……)
どこの世界も、裏組織で最大のシノギは、違法薬物なのだ。
「魔王様が戦うのは、敵の魔王だけだよ。ただ、こっちにゃあ魔王様の配下で、とんでもなく強力な魔族や魔術師、戦士がいる。ピオラもそうだし、このホーランコルだってほとんど勇者みてえなもんだ」
スタールがホーランコルを見やり、
(確かに……冒険者ならば、それくらいのウデはありそうな……そんな物腰だぜ)
納得する。
「あ、アタシはただのオシャベリなコソ泥だ。たまたま、魔王様の従者をやってる」
「ただのコソ泥に、魔王様の従者が務まるわけがねえでしょう、姐さん」
「それが、務まっちゃってるのが、おもしれえとこなんだよなあ」
フューヴァがあっけらかんと云って、高らかに笑った。ホーランコルも、そんなフューヴァを見やって、微笑んでいる。
ホーランコルのそんな微笑みに2人……いや、イジゲン魔王配下の信頼関係を読み取ったスタール、一発で意を決した。
「いいでしょう。死にたくねえし、魔王様につきますよ。見返りは?」
「魔王様がこの街を支配しても、アタシらは西方に向けてさらなる魔王退治の旅に出る。スタールさん、アンタ、イジゲン魔王様の代官としてこの街を治めて、せいぜい稼いでくれよ。新しい世界を構築するのに、カネはいくらあってもいいからな」
スタール、息をのみ、
「あ……あっしが、この街を!? 治めるんですかい!?」
「そうだぜ。できるだろ?」
「……」
スタールは一瞬、絶句してフューヴァを凝視したが、
「もちろんでさあ! よござんす。引きうけましょう!」
「やったぜ」
フューヴァが満面の笑みで、ホーランコルと手を打った。
スタールが、すかさず新しい最高級リヤーノの瓶を開けた。
「乾杯しましょう」
「おうよ」
3人でとろけるようなリヤーノを掲げあい、乾杯して一気に飲んだ。
「……で、あっしは、まず何をすりゃあいいんで」
「なんにもしなくっていいぜ。スタールさんの仕事は、この戦いが終わってからだ。せいぜい、巻きぞえ食って死なねえようにしてくれよ」
それには、スタールも少々面食らう。
「……総帥の情報は、いらねえんで?」
「いらねえよ。たぶん、オネランノタルがもう探ってるぜ」
「その御方は、魔術師ですか?」
「魔族だぜ。とんでもなく強力な……な」
「なるほど……」
「組織にも、魔族や魔物はいるんだろ?」
「ハイ。ですが、その御方ほどではないと思います」
「だ、ろうな。オネランノタルは、ちょっと特殊だぜ」
魔王というだけあって、そんな強力な魔族も従えるのかと、スタールは恐いもの見たさでイジゲン魔王に会いたくなった。が、すぐに考えを改めた。身の程をこえて、碌なことは無い。
(フ、フ……残りの一生を、あの小役人ヤロウの下で終えると思っていたが……ここにきて、とんでもねえ……)
スタール、武者震いにふるえた。
5
ルートヴァン達が地下書庫に日参し、こちらも15日ほど経った。
オネランノタルからは特に「ザンダル掌握作戦」の報告は無かったので、何も知らない。マーラル市国と「例のあの物」の情報探索に集中していた。
毎日のように図書館に通い、誰も使わないような片隅の資料編纂室に閉じこもっているので、一部の職員が不審に思った。こっそり覗きに行ったが、机の上に大量のメモを並べて本当に資料を編纂していたので、
「きっと、本でも御書きになるのではないか」
と、いうことになった。




