第13章「ていと」 4-14 なんにも考えてねえ
「そ、その魔王が、いま、この街にいるってんですかい?」
「いるぜ。……っと、いるんだけど、毎日どっかに行ってて……会わせろって云われると、時間をもらう。会いたいのかい?」
「いやいやいや! 会わなくてっけこうです……」
「そうかい。……じゃ、魔王紋でも見る?」
「魔王もん……!?」
「これだぜ」
フューヴァが、頑丈な肩下げカバンに入れてある魔王紋を出した。重いのでオネランノタルの次元倉庫に突っこんでいたが、やはり自分で携帯するようにしたものだ。
いつぞや、タケマ=ミヅカが自ら用意したもので、純銀のメダルに、適当に考えた「星に渦巻き」の妙な紋様が彫刻してある。
「……?」
メダルを見せられたスタール、これがなんなのか、何の価値があるのか、どういう意味か分からずに、戸惑うだけだった。
が……。
「うわっ!!」
突如としてメダルが青白く輝きだし、光が狭い店内にあふれた。
その光がスタールを覆いつくして、まるで無重力空間にいるような、上下も前後も不覚になって、空中でグルグル回転したような錯覚におそわれた。
「なん……姐さん、なんですか、こいつあああ! ……うわああああ!!」
スタールがそう叫び、次元の奥底に落ちるような感覚に襲われて……はたと気づくと、何事もなかったようにフューヴァの手のメダルを見つめている自分がいた。
(げっ……!!)
ドッと汗をかき、息をのむ
(幻覚か……!?)
口を手で押さえ、生きた心地がしなかったスタールは、いったんカウンターに背を向けて、呼吸と動悸をおちつけた。フューヴァがメダルをしまっている間にスタールもリヤーノを2杯ほど飲み、大きく息を吐いて、再び2人に向き直る。
「大丈夫かよ?」
「え、ええ……」
スタール、いまの虚仮脅しで魔王のことを信じたわけではなかったが、
「……ってえことは、皆さん方、やっぱり『ヨダレ』のシマを狙ってるんですかい……!?」
「ヨダレ!?」
フューヴァが、素っ頓狂な声をあげた。
「なんだい、そりゃあ」
「え?」
スタールが、また目を丸くして固まる。
「知ってる? ホーランコル」
「口から垂れるヨダレなら知ってますが……何かの隠語ですか?」
2人のそんな素の反応に、スタールが急に緊張と気の抜けた表情になり、次いで、笑い出した。フューヴァが驚いて、
「なんか、可笑しいこと云った?」
「いえ……いえ……姐さん、あんたたち……余裕があるのか、懐がでけえのか……」
フューヴァもそう云われて笑いながら、
「なんにも考えてねえだけだぜ! だいたい、ウチの連中はみんな大層なこと考えてるようで、けっこう行き当たりばったりなんだよなあ。どうせ、こんな街を牛耳ってる組織はシノギもでけえんだろうから、なんでもいいからもらっちまおうって、そんなもんだぜ」
それを聴いたスタールが、またふき出して笑いだした。ひとしきり笑ったのち、涙をぬぐい、
「……ハラがいてえや。それを、軽々とやってのけちまってるみなさんに、感服しました。……で、姐さんの話ってのは?」
「あ、そうそう。スタールさんよ、アンタ、九つの牙だかの幹部なんだろ? もしかして、いちばんエライやつか?」
そう云われたスタールがこれもアッサリと、
「いいえ! 総帥ではありません。でも、総帥にけっこう近いところにいますよ。よくわかりましたね。さすがです」
「ナシが早えや。アンタ、総帥とやらを裏切って、イジゲン魔王様につきなよ」
「はあああ!?」
スタールが、三度固まった。
てっきり、総帥の情報を教えろとか、ヨダレの詳細を教えろとか云われると思っていた。
「…………!!」
スタール、今度はひきつったまま、しばしフューヴァを凝視していたが、やがて、そのひきつったままの口元が笑みに変わってくる。
「……な、なんで、あっしを……?」
「ナシが合うからさ」




