第13章「ていと」 4-12 串刺し
魔力の雹は完璧にオネランノタルによってコントロールされ、当たり前だが家の屋根には当たっていない。ただ、地面は穴ボコだらけで、ならず者たちの流す血の海で満たされた。
魔力の雲が晴れ、うっすらと月明かりが射しこんだ時、
「……!!!!」
折り重なる襲撃者たちの死体と地面を濡らす一面の血だまりを見やって、「黒い巣箱」の者どもは戦慄した。
「な……なん……なにが……なに……」
ガタガタと震えだし、逃げるにも足が動かなかった。
「おい」
暗がりに声がし、オネランノタルが20人ほどの組員たちに話かけた。
組員たちは跳びあがって驚いたが、オネランノタルが真っ黒すぎて、声の主がどこにいるのかまったく見えなかった。
「報告のために、2人見逃す。他は殺す。2人を選びなよ。急げ」
「な、な、な……なに云ってやがる……どこだ……どこに隠れてやが……」
ドラスが精一杯に強がるが、
「…ゥアアアガァアアア……!!」
凄まじい悲鳴と、骨が砕け、肉が軋むまるで全身が雑巾めいてねじられたかのごとき不気味な連続音がして、みなが路地に二度、跳び上がった。よく見えないが、誰かが倒れる音がした。ドラスだ。音の通り、全身が雑巾みたいにねじれている。
「早く選びなよ」
そんなことを云われても、選びようがない。
「ヒィイイ!」
1人が、闇の中に逃げ出した。
「あと1人だね」
そう云われて、皆が一斉に動き、蜘蛛の子を散らすように全員が逃げ出したが、オネランノタルが容赦なく魔力の刃を飛ばし、
「ギャア!」
「アッグッ!」
「グェァアッ!!」
「ギャブッ!!」
適当に1人を除いて、全員を一撃で切り殺した。
襲撃者の撃退は、それだけで終わらなかった。
下部組織の1つ「黒い巣箱」の本部の建物の周囲や、建物の屋根に、オネランノタルが鉄杭を立て、その杭に襲撃者を3~4人ずつ串刺しにしてずらりと並べた。
玄関前には、御丁寧に「ねじり雑巾」状態のドラスが、串刺しにされていた。
見逃された2人と、ピオラの襲撃を中止して遁走した何人かは、無事だった。
どこから調達したのかもわからない鉄杭は、やすやすと石畳に突き刺さっていた。
翌朝、半ば凍りついた数々のはやにえを見た組長は生きた心地がせず、泣きながら上部組織に逃げこんだ。
また、この事件を正体不明の外部組織による本格的な「九つの牙」への宣戦布告とみなした市民たちが、我先にザンダルから脱出してノーイマルやスメトチャークなどの町々、またはもっと郊外の農村に避難した。その者たちから情報を仕入れ、近郊からザンダルに来る客も、同様にパタリと近づかなくなった。
従って、瞬く間にザンダルは閑散としてしまった。
「いったい、どこのどいつだ!! 正体を探ったのか!?」
わりと小物っぽく怒鳴り散らしているのは、皇帝府の役人で、ザンダルの太守であるトルマスだ。市長のようなものだが、行政長官でもある。主な仕事は、ザンダルのあらゆる利益を吸い上げ、皇帝府の上部へ賄賂を払うことだ。
なんと、この小人物こそが、暗黒街ザンダルを支配する最高組織「九つの牙」の総帥であった。
こんな小役人が、どうして暗黒街のラスボスであるものか……。
それは、公的な立場を利用して、莫大な利益を生む「物」の入手と流通を牛耳っているからである。
「……『牙会合』を招集しますか?」
公務室にも堂々と入っている、トルマスの片腕にして最側近の男がささやいた。
「赤い竜」のスタールである。
最初にフューヴァとホーランコルが入った、飲み屋のマスターだ。
「会議なんぞ開いている場合か!!!! 全組織の全戦闘員を集めろ!!!! 皇帝騎士と特任教授も来てもらえ!!!!」
顔を真っ赤にしてトルマスが唾を飛ばす。小物だが、そのぶん、手堅い。皇帝騎士と特任教授ですら、自在に操ることができる。もっとも、当然、御忍びであるが。
「わかりました」
スタールが下がった。九つの牙はその名の通り9人体制だが、別に合議制ではない。総帥以外の8人は、トルマスを社長とすると専務取締役に近い。各部門の最高責任者だ。




