第13章「ていと」 4-8 輪切り
辻闘を担当する組織のものども、閑散として惨憺たる光景に、涙が出てきた。ピオラが彗星のように登場し、さいしょは盛り上がりに期待もしたが、10日やそこらでこんなありさまになろうとは。
「とっとと、牙の皆さん方がぶっ殺してくれねえかなあ!」
「シッ……!! 来てるぞ……!」
仲間に云われ、その中年男もギョッとして口をつぐみ、幾つもの大松明に照らされたほぼ無人の辻の奥の闇を凝視した。
その闇の中に、大松明の明かりを反射して、背の高い2つの眼と、低い2つの眼が四ツ目の怪物めいて光っていた。
ピオラと、プランタンタンである。
「う……!!」
組織の者どもが、寒さの中にもさらにドッと冷や汗に濡れる。
ギーロにあまりにムカついていたので、腰の低いプランタンタンには憎しみや怒りをあまり抱いていなかったが、そもそもエルフと云えば瑠璃色の眼に濃藍色の髪をし、薄褐色肌で体格が良く、よく働き、明るく気立てのよいリューズィリィ皇帝エルフしか知らない帝都圏の人々にとって、小さくてヒョロヒョロでギクシャクと動いて金髪に薄緑の不気味なギョロ目をしたプランタンタンも、不快と不安の対象であった。
「あのチビの見たこともねえエルフ、実は魔族なんじゃねえか?」
「そういやあ、チビエルフの近くで、不気味な声を聴いたぜ……真っ黒で、よく見えねえ奴がしゃべってやがった」
などという噂も出ていたほどだった。
そんな2人は、別に組織の者どもを脅そうとも威圧しようともしておらず、ただ本当に、
「この辻にも、御客はだあれもいねえでやんす」
「そおだなあ」
「オネランの旦那は、ピオラの旦那を見せつけろなんて云っていやあしたが、見る人がいねえんじゃ、どうにもならねえことで」
「そおだなあ」
「次に行ってみやしょう」
「そおだなあ」
などと、呑気に小声で云いあっていただけだった。
2人が音も気配もなく、すぅ……っと、闇に消え、心臓も止まらんばかりに凍りついていた組織の者ども、一気に呪縛が解かれ、ドッと息をつき、地面に崩れる者までいた。
「チクショウ……生きた心地がしなかったぜ……!」
「もう耐えられねえ、もう一度、組長にかけあって、あいつらをなんとかしてもらおうぜ!」
1人が半泣きでそう云い、みな、うなずきあった。
そのころ、オネランノタルは、ネズミの後を追っていた。
ギーロの生首を、家のドアに投げつけた2人組である。
とうぜん、どこかの組織の下っ端だろう。
袋の中身を知っていて(あるいは分かっていて)動じない程度には、キモの据わっている。
2人は素早く路地裏にまぎれ、もう繁華街に繰り出していた。
「ヘッ……こんなガキのつかいで100トンプたあ、うますぎるだろ」
「ああ、これで辻闘荒らしも、少しはビビって……」
「あんなもので、ビビると思ってるのかい?」
大量の松明やランプで明るい表通りの人込みで、そんな背筋も凍るような合成音めいた声がし、2人が瞬時に背合わせになって周囲を確認した。
2人以外には聞こえていないらしく、周囲を行き交う人々が、不思議そうに2人を見ていた。
「チ、チクショウッ、つけられていたッ!」
「魔術師か!?」
表通りで刃物を出すのは、時と場合による。下っ端同士のケンカや抗争はしっちゅうではあるが、けっきょく1つの最上位組織が牛耳っているため、本気の戦争にはならない。どこかで手打ちになる。とは云うものの、互いにメンツや縄張りもある。意外と、繊細なバランスに支配されている。こんな堅気の多い場所で刃物を出して、この通りを仕切る組織に誤解される可能性は充分にあった。
が、それどころではない。恐怖が勝った。
2人は腰の後ろから短剣を抜きはらい、逆手に構えた。驚いて、周囲の堅気が声を上げる。
「遅いよ」
2人を闇が包み、周囲の人間が気づいたときには、もう、拉致されていた。
1人が足先から頭のてっぺんまで、1人が右手の指先から左手の指先まで、それぞれスライサーにでもかけられたかのごとく1センチていどの厚さで縦と横に輪切りにされ、事務所前の石畳にばらまかれていたのは、その日の真夜中のことだった。
明かりを手にした組員たちが、怒りや恐怖を通り越して、愕然とした表情で、その輪切りを見下ろしていた。




