第13章「ていと」 4-6 誘拐
「辻闘を中止しろ!」
「こんなのは、辻闘じゃねえ!」
「2人ともやりすぎだ!!」
客の一部からそんな声がし、セコンドのおやじやこの場所を仕切る組織の人間も、顔をしかめた。
(もうだめだ、つぶされる!)
セコンドのおやじがそう判断し、中止させるため審判に向かって手を上げようとしたとき、ピオラがついに煉瓦と漆喰の壁を突き破って、パヌィフィチェンヌごと屋内に転がりこんだ。
独特のリズムで鐘が打ち鳴らされ、場外でいったん中止される。
「パヌィフィ! 無事か! おい!」
組織のものが駆け寄り、パヌィフィチェンヌを助け起こそうとしたが、真っ暗な建物の中から瓦礫を踏み越えてのっそりとピオラが現れたので、いっせいに下がった。
暗がりでよくわからなかったが、その右手は何かを引きずっている。
ピオラが松明の光が届くところまで出て、それがパヌィフィチェンヌであることが分かった。
「パ、パヌィフィ!」
「……てめえ、殺りやあがったな!」
組織のものどもがいっせいに殺気だったが、ピオラにひと睨みされてまたいっせいに黙った。
「ぎりぎり、死んじゃいねえよお。手当してやりなあ」
ピオラが、何事もなかったかのように云い放ち、パヌィフィチェンヌを地面へ転がした。
審判が駆け寄り、かろうじて息があることを確認して、
「ピオラの勝ち!!」
と宣言、終了の鐘が打ち鳴らされた。
「やったぜ! さすがピオラさんだ!」
と、はしゃいだのは、ギーロだけだった。
客どもも含め、他は、いわゆる「ドン引き」だ。
賭けがどうのではない。
建物の壁をぶち抜くほどの攻撃も然ることながら、あれだけ渾身の力で首を絞められていたピオラ、その真っ白い首に跡すらついていない。
まさか、芝居ではなかっただろうが、終わってみたらほぼノーダメなのは確実だ。
(まじかよ……)
(こんなやつに、誰も勝てるわけねえだろ)
(反則だぜ)
(出場停止にしろ)
(賭けにならねえって)
(クソ面白くねえ……)
みな、顔に書いてあった。辻闘を愛好するものほど、強くそう思った。
その視線は、パヌィフィチェンヌを擁し、この辻を仕切っていた組織「黒い巣箱」の人間に向けられる。
また、パヌィフィチェンヌはかろうじて息を吹き返したが脳挫傷を患い、思うように体が動かなくなって、辻闘戦士としては引退となった。帝都周辺のエルフの集落に帰って、農夫をやるという。なお、その脳挫傷がもとで、若くして5年後に亡くなっている。
ここまでされて、本格的に対処しなくては、仕切っている側として示しがつかぬ。
とはいえ、「九つの牙」が出るのは、まだ少し早かった。
目的が分からなかったからだ。
脅せる範囲で脅し、制裁を課して、引き下がればよし。
それで引き下がらなかったら、何らかの利権を侵しに来ていると判断され、本格的に排除される。
抗争や戦争は、だいたいそういう流れだった。
既に、ギーロを含め、ピオラやプランタンタンの居場所は探られていいた。もっとも、オネランノタルが探っていたネズミを泳がせていたのだが。
話も、対処も、末端組織の手から離れ、中堅組織に移っていた。
「九つの牙」直下に、5つの組織がある。
分担と順番で、暗黒街の実務を取り仕切っている。
そこが、対処する。
まっさきに狙われたのが、とうぜんながらギーロだ。
僅かながらの取り分を受け取り、朝方まで飲んで女を買って、昼前に狭い安アパートにもどって寝こけていたところを見事な手際で誘拐された。
別に、ギーロから何か聴き出そうというのではない。
どうせ、何も知らないからだ。
ギーロ以外はよそ者で、ギーロだけがザンダルの人間というのは分かっていた。
ギーロは、ただ使われているだけだ。
見逃してもいいくらいだが……。
ギーロを拷問、殺害し、ピオラ達がなんとも思わず、手も引かないのであれば、単なる辻闘荒らしではなく、黒幕がいて、大胆にも「九つの牙」の何らかの利権を狙っていることになる。そういう判断だった。




