第13章「ていと」 4-5 ホールドの死闘
ピオラはパヌィフィチェンヌの衣服をがっちりとつかんで微動だにせず、一方のパヌィフィチェンヌは掴むところが無いので、組み合った両手が遊んでいた。紐パンめいたピオラの細ビキニのような履き物も、掴むような位置にない。クラッチをしようにも、巨大な胸のせいでピオラの背中に手が届かぬ。
そこをピオラが豪快に締め上げ、サバ折り気味にパヌィフィチェンヌの顔を胸の下で埋め殺しにかかった。
「……!!」
パヌィフィチェンヌの顔が、巨大な胸部に埋もれて見えなくなる。
「うらやましいねえ!」
などとヤジが飛ぶが、セコンドのおやじは冷や汗に濡れた。
(冗談じゃねえ……!! 締め落とすどころか、こっちがあのフザケたデカパイに窒息させられかねねえぜ!! とんだ恥さらしだ!! そんなことになったら、パヌィフィはもうおしまいだ……! 笑いものになって、もうまともな辻闘はできねえ……!)
おやじが、凄まじい殺気に満ちた目で、ピオラではなく大はしゃぎのギーロと、すました顔のプランタンタンを見つめた。
(……クソが……!! あいつら、絶対に裏がいやがるぜ……! あんな連中に、こんな大それたことができるはずがねえ……!! 誰だ……ザンダルの連中じゃねえな……!? ど、どこの野郎が、どうして、こんなことを……!? 何の理由で……!?)
しかし、それ以上は、セコンドのおやじには考えも及ばなかった。
(上にまかせるしかねえ……あいつら、もう、おしまいだ……『牙』から、本気の刺客が来るぜ……!! 戦争だ……!! どこのどいつが仕組んでるか知らねえが、大がかりなトロール狩りになるだろうぜ……!!)
そのとき、大歓声が起き、おやじが我に返った。
なんと、サバ折り気味に密接で締めつけられる体勢のまま、パヌィフィチェンヌが内掛けめいて右足をピオラの左ヒザの裏にひっかけ、自分から倒れるようにしてピオラと共に横倒しになった。
反動で一瞬、ピオラの締めがゆるみ、その隙にパヌィフィチェンヌが転がって脱出。すかさず起き上がりざま、近接からピオラの顔面に右の肘打ちを叩きこみ、次の瞬間には後ろに回ってピオラの喉に太い腕を回し、裸絞めで猛烈に締め上げた。
パヌィフィチェンヌも、優男な風貌ではあるが、人間など一瞬で首の骨を折って殺すパワーとスキルを有している。鍛えれば、30連勝で辻闘王も狙える逸材だ。
「やれえ! パヌィフィィイーッ!」
セコンド陣が、必至になって叫んだ。
パヌィフィチェンヌは容赦なく、殺す勢いで絞めに入った。
正直なもので、ピオラに賭けた者どもが悲鳴をあげた。
だが……。
パヌィフィチェンヌの腕の筋肉に埋もれて折れ曲がった首のまま、ピオラが何事もなかったように長い腕を伸ばし、パヌィフィチェンヌの頭を両手で鷲掴みにした。
歓声と鳴動きが起き、2人の力比べを凝視する。パヌィフィチェンヌはさらに力をこめて首を絞め、蜘蛛のように肩関節を異様な方向に曲げているピオラは、パヌィフィチェンヌの頭蓋を砕かんばかりの超絶的なパワーで指をたてた。
「負けるな、パヌィフィーーッッ!!!!」
セコンドのおやじが叫び、ギーロもハラハラして、
「プ、プランタちゃん、ピオラさん、大丈夫なのかよ!? しっ、死んじまうんじゃあ……!」
「よく分かんねえでやんすけど、たぶん大丈夫だと思いやすよ」
プランタンタンは相変わらずのすました調子でそう答え、顔色も変わらぬピオラを見やっていた。
「ウウウウウウーーーーーッッ!!!!」
サイレンのような唸り声をあげて、パヌィフィチェンヌが絞めこみながら足を踏んばって後ろからピオラに覆いかぶさった。一気に絞め落としに……いや、絞め殺しにかかる。
その、瞬間だ。
ピオラが凄まじい足腰の筋力でパヌィフィチェンヌを背負い投げに持ち上げ、前転するように両手で固定したパヌィフィチェンヌの脳天を石畳に叩き落とした。
再び、悲鳴と鳴動きと歓声が交錯した。
パヌィフィチェンヌは頭部の皮膚が裂け出血して顔面が血だらけになり、しかも気絶したのだが、無意識のままがっちりとホールドする両腕を緩めなかった。
そのまま、ピオラがローリングして何度もパヌィフィチェンヌを地面に叩きつけた。
転がってくる巨体に、観客どもが慌てて下がる。
それでも、パヌィフィチェンヌはピオラの首を離さなかった。
しまいには、再び起き上がったピオラが建物の壁めがけてタックル! 背中のパヌィフィチェンヌを壁に激突せしめ、それを何度も繰り返した。
「……お、おい、パヌィフィが死んじまうぞ!」




