第13章「ていと」 4-4 釣り上げる
「おれは、かまいません。驚異の新星、トライレン・トロールのピオラ……いずれ、倒さなくてはならない相手です……!」
リューズィリィエルフらしい瑠璃色の目と濃藍色の髪を松明のオレンジに光らせて、パヌィフィチェンヌが端正な顔と純粋な眼差しをピオラに向けた。
ちなみに、ピオラがこの15日間で戦った相手のほとんどがリューズィリィ皇帝エルフで、2人ほど人間(そのうちの1人は、西方人の武闘家)であったが、全員がピオラの敵ではなかった。そもそも、このところ最強だったディヴィシュンヌを倒した相手なのだから、そうなるに決まっている。
「おいパヌィフィ! 勝手は許されねえぞ! 上からは、こいつの相手は絶対にするなと云われている!」
「へえ? そうなんでやんすか?」
プランタンタンが何気なく、そう返した。ついそう云ったパヌィフィチェンヌ側のおやじが、息をのんで口を押えたが、もう遅い。
「なんだよ、どういうことだよ! ピオラさんの相手をするなって、上が云ってるのか!? どこの上のどいつだよ! おい! そんなこと許されると思ってるのか!? みなさんは、どう思いますかああ!?」
ギーロが60人ほど集まっていた客をそう煽り、
「なんだよ、そりゃあ!」
「やらせてやれよ!」
「エルフのニイちゃんに賭けるぜ!」
そう、ヤジが飛ぶ。
しかし、じっさいは圧倒的にピオラに賭けられ、ピオラのオッズは異様に低くなる。配当も下がり、何より賭けとして面白くない。
このままでは、ピオラが30連勝で引退する前に、辻闘そのものが廃れてしまうだろう。(もっとも、ピオラやオネランノタルに30連勝もする気は毛頭ないが……)
「クソッタレが!! 用意しろ!!」
もう忌々しさを隠しもせず、パヌィフィチェンヌのセコンドのおやじが吐き捨て、辻闘が成立する。この辻を仕切る組織の者どもも、渋い顔で慌ただしく動いた。
「いいか、パヌィフィ! 相手はバケモンだ、人間でもエルフでもねえ! こっちが武器を使ってもいいくらいだが、それじゃ辻闘にならねえ。ただの殺し合いだ! 辻闘は、なんでもありの闇闘技場とは違うんだ! それをわからせてやるぞ!」
「ああ!」
パヌィフィチェンヌが、澄んだ目で余裕綽綽のピオラを睨みつける。
「関節だ、後ろに回って締め落とせ! それしかねえ!」
「でも、同じ戦法で、何人も返されてやられてる……!」
「手加減してっからだ! 相手を殺す気で行け! どうせ、死にやしねえ! 女と思うな! トロールだぞ!!」
「わかったよ!」
フゥ、と息をつき……どこかに甘さの残る、パヌィフィチェンヌの優しい目つきが、ギラリと殺意をたたえた。
「準備はいいか!?」
審判が叫び、2人が前に出る。この辻は少し狭く、しかも四辻ではなくY字路だったので、建物の壁を利用した変則的な戦いができる。ピオラは、ここで戦うのは3度目だった。
「パヌィフィ、行け!!」
「トロールを倒せ!!」
「帝都人の意地を見せたれやぁああ!!」
歓声は、ほとんど地元選手のパヌィフィだが、みな現金なもので、賭け率は0.3対9.7にもなった。これでは、賭けにならぬ。むしろ、パヌィフィチェンヌに賭けるやつが何人かでもいるのが不思議なほどだ。いや……パヌィフィチェンヌに賭けているのは、おそらく関係者だろう。
一方、既にピオラはオネランノタルに、
「ちょっと、本気でやってよ。ここいらで、一気に釣り上げるからね」
などと指示をされている。
「はじめ!!」
鐘が鳴り、2人が近づいた。最初から、パヌィフィチェンヌは組みに行った。レスリングというより相撲めいた動きでぶちかましに入り、うまく組み合ってがっぷり四つになった。
パヌィフィチェンヌもリューズィリィエルフらしく体格があり、身長も2メートル20はある。筋骨隆々で、皇帝エルフ独自の戦闘術にも秀で、人間など5人がかりでも倒せるかどうかだ。
そのパヌィフィチェンヌより頭1つ大きく、体格はむしろ細いがパワーは数倍もあり、しかも装甲皮膚で並の刃物も役に立たないほど頑強とあっては、端からハンデがありすぎるのだ。
しかも、がっぷりに組み合うと巨大な胸がパヌィフィチェンヌの顔を埋めてしまい、
「おい、パヌィフィ! うらやましいじゃねえか!」
「うまくやりやがったな!」
ドッと客どもが沸くが、当人はそれどころではない。
(息が……!!)




