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第13章「ていと」 4-3 パヌィフィチェンヌ

 まったくもって商売にならず、本当にピオラの存在は辻闘フラウトを仕切る組織にとって、「面倒くさい」「邪魔くさい」「迷惑な」ものとなっていた。


 それこそが、オネランノタルの思惑なのだが、

 「……なあんか、今日はシケてますねえ~。挑戦者が、出ませんでしたよ」

 白い息を吐いて、ギーロがさも残念そうにつぶやいた。すっかり、仲間ヅラだ。


 最初の辻で誰も名乗りを上げず、辻闘フラウトが成り立たなかった。仕切っている組織の面目は丸つぶれで、それだけでも恨みを買う。


 ギーロは、下っ端過ぎてそういう機微も空気も仕組みも分かっていなかった。

 (ィヒヒ……このばか・・のおかげで、話が早い……)


 オネランノタルが、一行に降り注がれる憎悪や怒りを敏感に感じ、ほくそ笑んだ。


 子どもが真っ黒い布を被ったような姿のオネランノタルは夜の闇に溶けこみ、いまだにあまり認識されていない。ピオラを引きつれて辻闘フラウト荒らしを行っているのは、プランタンタンとギーロという構図だった。


 「次の辻に行ってみましょう」

 鼻歌を歌いながら、ギーロが裏路地を行く。


 (ピオラがいるから、いま、ここでは襲撃はないだろうが……そろそろ、私らを排除しに動きがあるはずだ。……最初から『九つの牙』とやらが動けば話は早いんだけど……どうかな?)


 いまにも闇の奥から刺客が出てきそうなほどの殺意のむしろ・・・の中を堂々と歩いて、4人(刺客どもからはオネランノタルが見えていないので、3人)が路地を行く。


 しばらく進むと、その日の2か所目の辻が見えてきた。

 「また来やがったぞ!」

 思わず、誰かがそう叫び、あわてて隣の男に口をふさがれた。


 そこには、これまで慎重にピオラと戦うのを避けていた、剣闘士めいた薄い鎧に防寒着を着た、リューズィリィエルフの若い男がいた。本来は剣士だ。徒手格闘の実地訓練を兼ねて、辻闘フラウトに出ていた。8連勝中で、いずれピオラの倒したディヴィシュンヌとの一戦が予定されていた。ディヴィシュンヌは、引退はしていないが、まだ治療・調整中だ。治ればまた辻闘フラウトで充分にやってゆけるが、かなり自信を喪失し、ピオラのことがトラウマになってしまっていた。下手をすれば、心が折れて再起不能だ。


 このエルフの若者も、そんな眼にあわせられたのでは、たまったものではない。エルフは長命で頑丈だが、心は繊細だ。トラウマから復活するのに何十年もかかっていては、人間のスタッフのほうが死んでしまう。


 商売にならないのだ。

 「クソッ、パヌィフィチェンヌまでつぶされたら、かなわねえッ!」

 パヌィフィチェンヌとは、秘蔵しているこのエルフの若者のことである。

 「上に報告してあるのか!?」

 「とっくにしてるぜ!」

 「いい気になりやあがって……よそ者がよ!」

 「馬の骨め……いまに痛い目を見るぜ……!!」

 「いまに、じゃねえ! 今すぐにだ!!」


 そんな闇の向こうの悪意と憎悪に満ちた囁きを、オネランノタルはすべて魔力で収集し、聴き取っていた。


 (ヒヒ……こりゃ、あんがい、ことは速く進むかもね……! よし……)

 オネランノタル、闇にまぎれたまま、後ろからプランタンタンに、

 「ここらで最後の一押しだ……あの若いエルフを、ボゴボゴにしてやるんだよ」


 「へえ? あのアンちゃんをでやんすか? はあ、ま、そりゃ、御気の毒に……」


 アンちゃんと云っても、プランタンタンは人間年齢では14歳ほど、ピオラは17歳ほどであるから、18歳ほどのパヌィフィチェンヌのほうが年長である。ただ、エルフにしてもプランタンタンは奴隷生活の辛酸と苦労を味わい尽くし、ピオラは完全に深山幽谷での(それこそモンスター並の)野生生活で鍛えつくされ、外観より老けて見えているだけだ。


 プランタンタンが(よせばいいのに、でかいカオの)ギーロを引きつれて、松明の爆ぜる冷え切った辻に出た。


 「へえッ! 皆様、おばんでごぜえやす! えー、それじゃあ、今夜がどなた様が、ウチのピオラの旦那の御相手をするんでやんしょう!? そちらのリュ……皇帝エルフの御兄さんでやんすか?」


 その日、ピオラは出ないと踏んで、違う相手と戦わせようとしていたのだった。毎日、選手を遊ばせているわけにもゆかないので。それが、大誤算だった。


 「ケッ、読みが甘えんだよ……! ウチのピオラさんは、あんたらの用意する戦士が弱すぎて、力が待ってるんだ!」


 「なにを、このガキ……!!」


 ピオラは本当に強いので、怒りもあるが敬意もある。むしろ、虎の威を借るナントヤラで威張り腐るギーロに怒りと憎悪は向いているのだが、ギーロはあまり気づかない。


 なお、不思議なもので、同じピオラの仲間なのに常に腰の低いプランタンタンは、あまり嫌われていない。

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