第13章「ていと」 3-14 古代魔術大全
おもわずよろめいて、ルートヴァンにぶつかってしまって、
「大丈夫か」
そう、声をかけられ、
「こ、これは御無礼を!! 平に御容赦いただきたく……!」
「しっかりしろ、将来はお前がここを管理するかもしれんのだぞ」
「また、そのような……!! 御冗談にも……!!」
「冗談ではないぞ!」
ルートヴァンが大真面目にそう云ったとき、ペッテルが、
「ここです」
と、ルートヴァンに声をかけた。
「む……」
云われても、天井も見えないほどの高さの書棚があるだけで、何が何やら……と云ったところだった。
「御待ちください、いま、用意します」
ペッテルがそう云い、書棚に向かって掌をかざすと、その区画の棚の一部が自動的に動いて、タワー式の駐車場のように書物が棚ごと上下に移動し始めた。
キレットとネルベェーンが度肝を抜かれて絶句し、ペートリューも開いた口が塞がらないほど驚いた。
「すごい機構だな」
ルートヴァンも感心する。と、
「おいまて、止めろ!」
やおら、ルートヴァンがそう云い、あわててペッテルが棚の移動を止めた。
「い、如何致しましたか?」
「棚を、ちょっと戻してくれ……」
「ハイ」
ペッテルが云う通りにすると、床下に消えた棚がゆっくりと上に戻ってきた。
「もう少し……もう少し……これだ! 止めてくれ!」
ペッテルが止めた棚にあったのは、百科事典めいた大きさの、凶器のような1冊の書籍だった。
「おい、思った通りだ! これは珍しい! スゴイ! 見ろ、大魔導士バルハーの『古代魔術大全』ではないか!! いまから800年前の本だぞ!! 神聖帝国成立前の古代魔術を網羅した本で、御爺様ですら持っていない! しかも……なんと、これは原本ではないか!?」
眼を輝かせて早口になるルートヴァンに、一行があっけにとられる。
ルートヴァンが震える手でズッシリとした書籍をとり、片腕で抱えながらゆっくりとページを開き、
「ま、まさか、バルハーの直筆を拝めるとは……!! む……一部は、古代文字だ!! 僕でも読めんぞ!! いや待て……待て待て! と、いうことは……いま、世に出回っている写本は、内容が変わっている可能性がある……これはすごい! 素晴らしい!! すごい発見だ!!」
そう云って4人を見やり、皆がドン引きしているのに気づいた。
「すまん、つい興奮した」
そう云って本を戻しつつ、
「ペ、ペッテルよ、是非とも、これを借りたいのだが……」
「いけません、殿下。ここは図書館ではありませぬ。あらゆるものが、持ち出し厳禁です。実際、厳重な封印がかかっており、一切この空間より持ち出せません。写してください」
「こんな厚い本を、簡単に写せるものか!」
「では、御諦めを……」
「おま、お前たち、バルハーを知っているだろう! 直筆原本だぞ!?」
どうも、ノリが違うのに、ルートヴァンは納得ゆかぬ。
結論から云うと、ペッテルは魔術師というより魔法技術師であり、古代魔術などには縁がない。ペートリューら3人も、古代魔術やその著名な研究者であったバルハーなど大昔に習ったかどうか……というもので、何の価値もないのだ。
「ペッテル、なんとかならんのか」
「なりません」
「あっ!!」
ペッテルが棚を動かしてしまい、古代魔術大全はどこかへ行ってしまった。
「……!」
渋い顔でルートヴァンが名残惜しそうに動く棚を凝視していたが、やがて棚が止まる。
「殿下、こちらです。……300年近く前の、ホルストンの貴族の書簡集です」
「あ、ああ……」
「殿下!」
「わかったよ! 貸してみろッ」
珍しく口をとがらせ、ルートヴァンがフルトス紙の束を受け取る。本ともいえぬ、書類を束ねたものだった。書簡集とするための元資料のようなものだ。
とうぜん、見づらいうえに、ホルストン語のクセのある字だった。
「誰だ……字の下手な奴だな……」
ブチブチ云いながらルートヴァンが、束をめくる。ルートヴァンは、ホルストン語も読み書きできる。魔術の研究もあるが、敵性語に通じるのは為政者としては基本だからだ。




