第13章「ていと」 3-13 帝都地下書庫
とはいえ、どうしようもない。回廊の内側から襲うわけにもゆかないし……辛抱強く、いなくなるのを待つしかない。
それから30分ほども凝としていると、回廊の向こうの気配が消えた。
「ようやく、行ったようだな……」
「おそらく」
ペッテルが、公女の着る貴族のワンピースドレスに似つかわしくない大きな肩下げカバンより、何やら掌に収まるサイズの金属の箱を取り出した。ルートヴァンが興味を示し、
「なんだ、それは」
「これまで、一度も出会い頭に何者かと鉢合わせたことは無いのですが……やはり、出会って騒がれても面倒なので、念のため」
ペッテルの相貌では、魔物と間違われ、それこそ皇帝騎士や特任教授に退治されかねぬ。
「つまり、それは出口の向こう側に誰もいないことを探る装置か」
「そのような、大したものでは……」
云いつつ、箱より折り畳み式のアンテナのようなものを引き出し、それを出口へそっと近づけた。
「誰かいれば、ここが光ります。魔力を感知します。地下書庫にいるもので、強い魔力を有していないものはおりません」
「なるほどな、フフ……流石だ」
ペッテルが示した小さなレンズ状の部分は、何の反応もなかった。
「行ってしまったようだな」
「……ですね」
「出てみよう」
ルートヴァンがそう云って先に動いた。ペッテルが驚いて、
「あ、殿下、危険です、まず私めが……」
「ばか者、万が一、特任教授が魔力を隠して潜んでいた場合、お前より僕のほうが、まだ云い訳ができるだろう」
その言葉にペッテルが息を飲み、感服して礼をした。
「恐れ入り奉ります……大公殿下」
「僕なんぞに恐れ入っている暇があったら、聖下のために尽くせ。地下書庫では、お前だけが頼りなのだぞ」
ふり返って、不敵な笑みでそう云うルートヴァンに向かい、ペッテルがしっかりを顔を上げ、胸に手を当てて敬礼し、
「ハ、畏まりまして御座りまする!」
力強く、そう云った。
その様子を見つめ、キレットとネルベェーンが眼を細めた。
ルートヴァンがこっそり次元回廊の出口より顔を出し、するりと外に出る。薄暗い体育館のような大きな空間に、延々かつ整然と書架が並んでおり、初めて目の当たりにする光景に、さしものルートヴァンも圧倒された。
だが、周辺の気配や魔力を探るのを忘れない。
「……いいぞ、本当に誰もいない」
声をかけると、ペッテルを先頭に4人が現れた。
「うおお……!」
書庫の空間に、キレットとネルベェーンはおろか、ペートリューまでも度肝を抜かれる。
「で……どうすればよいのだ?」
「ハイ」
ペッテルが、独自に作成した地下書庫の検索盤を取り出す。
「私めがタケマ=ミヅカ様より賜った情報を元に収集物を調べ上げ、記録して御座います。ただ、記録しているだけです。整理はしておりません。ですので、意外に収集場所がバラバラです。以前ご説明した通り、マーラル市国に関する資料は数少なく……また、単純な内容のものばかりでした」
「もしかしたら、マーラルの名をあえて忌避しているのかもしれん。市国、滅亡とか、都市国家、消失とか、幻の都市とかで検索できないのか?」
「なるほど! や、やってみます!」
さっそく、ペッテルが検索盤を操作する。
すると、20ほども光点が現れ、ペッテルも驚いた。
「それでも、こんなものか」
ルートヴァンは、逆の意味で驚いた。
「おそらく、日記とか公文書と思われます。近いところから行ってみましょう」
ペッテルがそう云い、皆を案内した。
無限に続く書架の合間を歩きながら、
(確かに……これでは、公女様とはぐれた場合、ここで干からびてもおかしくない……)
キレットがそう思い、最初は興奮していたが、むしろ恐怖を感じてきた。
(それに、ここにはいったいどれほどの書物や資料が収集されているのだ……!?)
魔術師協会の図書館でも内心、仰天していたが、キレットは天井も見えないほどの書架の迷宮を見渡して、めまいがしてきた。




