第13章「ていと」 3-11 次元回廊
「見るのは、始めてか?」
「ハイ。ですが、私はそもそも、ここにはめったに来ないもので……」
「なるほどな。たまたま、かちあったのだろう」
「はい。……大公殿下、どなたなのです?」
「いや、僕らも詳しくは知らんが……都内で魔導書を扱う古書店の主人だそうだ。店は魔力の分身にまかせているし、協会の正会員だというので、実力や、何らかの実績はあるのだろうが……ああして、朝から酒におぼれている」
「はあ……」
ペッテルが、思わずペートリューを見てしまった。あわてて顔をそらしたが、ペートリューは何も気づかず、チビチビと大事そうにスキットルを傾けていた。
「まあよい、何かしら爪を隠しているのだろうが、害はなさそうだ。いまのところ、敵でもあるまい。ペッテルよ、地下書庫に案内してくれ」
「かしこまりました。さ、こちらへ……」
ペッテルが、4人を用具入れにいざなう。この入れ物は魔法のドアなどではなく、教室の隅にある掃除道具入れのような、質素で簡素な木のロッカーであり、手で開け閉めする。ペッテル以外の者が開いても、中には箒と塵取りがあるくらいだが、いまは、真っ黒な次元回廊が続いていた。
「ほう……」
興味深そうに、ルートヴァンが屈んでその中に入り、つぶやいた。
3人も続き、意外やペートリューはウルゲリアで次元回廊を経験済みなので顔色も変えなかったが、キレットとネルベェーンは驚きと感嘆で柄にもなく動揺していた。
「これは……!」
「これが、遠距離の場所と場所をつなげる回廊の魔法だ。そうとうに高度な秘術だぞ」
「で、すね……!」
「こっちが、おまえの部屋か?」
「そうです。で、こちらが地下書庫です」
ペッテルが向かって左側に、4人を案内した。
「公女様は、ここを歩いてこられたのですか?」
キレットに問われ、ペッテル、
「そうです。空間が歪んでいるので、ノロマンドルから帝都まで、半刻もかかりません」
「なんと……!!」
キレットとネルベェーン、驚愕と感動に打ち震えた。
「じゃあ、さいしょから、みんなでここを通って帝都に来ればよかったですね~~」
ペートリューがふとそう云ったが、ルートヴァンが苦笑しつつ、
「まあ、そう云わないで。我らだけ先に書庫へ行き、本調子ではない聖下達を歩かせるのも……ね。それに、全員でここを通ったとしても、入館記録もないうえに魔術師でもない者がいきなり館内からぞろぞろと出てきても、ちょっと騒動になるだろうしな」
「あー~、そうかあ~~~」
「それに、我らだけ調査に赴き、聖下たちはペッテルの城で待ってもらったとしても、どちらにせよ西方へ向かうのに帝都は経由するわけだし……そうなると、冬のあいだに移動してしまわないと、ピオラがな」
「そうですね、ピオラさんの移動に制限が……」
キレットもうなずいた。春までに、ゲーデル山まで行ってしまわなくてはならない。
「そういうことだ」
ルートヴァンが話しているうちに、
「つきました」
先頭を行くペッテルがそう云い、次元回廊の出口が見えてきた。
「どこに出るのだ?」
「第7658番書架の影です。書庫の隅のほうです」
「お前たち、けして離れるなよ。迷ったら、永久に出られないぞ」
ルートヴァンが3人に向かってそう云い、3人が緊張の度合いを高めた。
と、出ようとしたペッテルが、あわてて後ろを制した。
「どうした?」
「お待ちください、大公殿下。特任教授と思わしき者が、出口付近に……」
「特任教授だと?」
ルートヴァンも、声が少し強張った。
「地下書庫にまで、出張っているのか、あいつらは」
「はい。しかし、滅多に……私は、これまで一度も会ったことはありません」
「すると、これもたまたまか……」
「おそらく。ふだんは、警戒用の魔獣が常時ウロウロしております……私は『鍵』を持っているので、警戒対象外です。今回は皆様方も私の随伴者扱いなので、そうなります。しかし、特任教授は……」
「フ……ペッテルが『鍵』を持っている以上、攻撃はされないだろうが……報告はされる。どちらにせよ、面倒となるに違いはない。やりすごそう」
「そうですね」
5人は、しばしその場で待機となった。




