第13章「ていと」 3-10 用具入れ
思わず、ペートリューが安堵の息を漏らした。
「こんなところでも飲んでいるのか……」
忌々し気にルートヴァンが云い、近づこうとしたが、止まる。
「待て……ここにいるということは……あいつ、協会員なのか!?」
ふり返って、思わずそう声を上げたが、3人はもちろん分からない。キレットが小首をかしげ、
「さ、さあ……」
「フ、フッフフ……こんな面白いヤツが会員だったとは、魔術師協会もやるではないか」
ルートヴァンが、むしろ楽し気に云った。オッサンに近づき、
「おい、オッサン、起きろ。起きないか。おい!」
「ぅうん……? ああ……?」
オッサンが顔をしかめ、薄目を開ける。
「おい、僕だ、昨日、酒屋で会った……」
「あ? ああ……なんと、こんなところで会うとは……!」
「僕のセリフだよ……」
「ハハハ、これも何かの縁……と、いうわけだ」
オッサンがそう云い、起き上がろうとして起き上がれず、懐からスキットルを出してリヤーノを口に含んだ。
「ここは、飲食禁止ですぞ」
「カタいことをいうな……」
「だいたい、いつ、ここに? 昨夜は、あの酒屋にいたでしょう」
「覚えとらんね」
「まさか、あれから、ここに?」
「さあな……どうだったかな」
「しっかりなされよ」
「しっかりなんかしたところで、1トンプにもならんだろ」
「何をおっしゃっているのやら……」
苦笑しつつ、ルートヴァン、
「さあ、ここは酔いつぶれるところではありません。御帰りなされ」
「そういうおまえさん方は、ここへ何をしに?」
酔いながらも、急に据わった眼をし、オッサンが床に座りこんだまま、ルートヴァンへそう尋ねた。
「……」
ルートヴァンが一瞬、黙りこむや、オッサンが畳みかける。
「旅の者が、雑資料の編纂でもあるまい。ここが、旅の目的か?」
「ま……そういうところにて」
「なにやら、面白そうなことしているようだが……」
「オッサンには、関係のないことです」
ルートヴァンが、鋭い眼差しでオッサンを見下ろした。
「その通りだ。オレには関係ない」
「さ、御帰りを。酔いつぶれているだけならば」
「そうだな……」
オッサンがルートヴァンの手を借りて立ち上がり、フラフラと歩き出す。
「ああ、金の盃に湛えられた酒には、まだ手を付けるな……」
オッサンが詩のように何やら吟じ、チラッとペートリューを見やった。そしてスキットルを出し、ペートリューに差し出した。思わずペートリューもスキットルを出して、カツンと打ち合い、2人して同時に傾けた。
「やれやれ……どうなっているのやら」
キレットとネルベェーンが目を丸くし、ルートヴァンが苦笑する。
オッサンが部屋を出て、完全に行ってしまったのを厳重にネルベェーンが確認した。
「……本当に行きました。大丈夫です」
「フフ……世の中には、いろいろなヤツがいるものだ。いかに、暖かいとはいえ……朝から……な」
図書館内は魔法的機構で夏は涼しく、冬は暖かい。24時間冷暖房完備と云えよう。
「さて……ペッテルよ、邪魔者は消えたぞ」
ルートヴァンがどこへ語りかけるともなくそう云うと、なんと、部屋の隅の用具入れの扉が開いて、中からペッテルが出てきたではないか。
「公女様! そのようなところに……!」
キレットが驚き、声を上げた。
「ずっと、御隠れになっておられたのですか?」
「いいえ、私の研究室と、ここと、宮城の地下書庫とがつながっているのです」
ペッテルが触角をぴょこぴょこと動かし、そう答えた。
「なんと……」
「タケマ=ミヅカ様も、酔狂なことをする。で、ペッテルよ、あの男を知っているか?」
「いいえ、初めて見ます。が、朝からずっとここにいて……出るに出られないでおりました」




