第13章「ていと」 3-9 資料編纂室
「ああ……なんと云うか……」
オーレウ、そこで、ヴァルベゲルとシラールがどうして国の宝であり最重要に秘蔵しているルートヴァンを魔王の従者などにし、危険な旅をさせたのか、分かった気がした。
(なるほど……流石、陛下とシラール様だ)
オーレウ、ルートヴァンの肩へ手をやり、軽く叩きながら、
「ルーテルよ。大業に障害や妨害はつきもの。皇帝と協会は、おそらく味方にはなるまい」
「心得ております」
「新たなる世界を構築する大業……見事、成し遂げ、歴史に名を残してみせよ。さすれば、私はその師の1人として、生涯かつ子々孫々の誉れを得ることになるだろう」
「かしこまりました!」
「……」
オーレウが突然、涙ぐみ……ルートヴァンの顔をしっかりと見据えた。見納めとでもいうように。
(お前は、もう、私の手の届かぬところに行く……さらばだ、いまもって我が生徒で最も優秀だった者よ……)
「では、先生……」
「ああ」
オーレウに礼をし、ルートヴァンが階段を上る。続く3人も、敬意を表してオ-レウに目礼した。
その後姿を、オーレウが見えなくなるまで見送った。
ルートヴァンは階段を進み、4階建ての4階、最上階へ向かった。廊下に着き、そのまま隅の部屋へ向かう。4階は図書室というより資料編纂室や雑用作業室、保管庫、倉庫が並び、あまり閲覧者は訪れない。むしろ内部の人間が業務で使う階だ。
廊下の最も右端に、その部屋はあった。
「殿下、ここは?」
キレットが訪ね、ルートヴァン、
「ペッテルが指示してきたのは、この雑資料保管庫兼編纂室だ。ようするに、棄てるまでもないが特に価値のないものをぶちこんでおく部屋だよ」
「公女様が、ここに?」
「なんでも、タケマ=ミヅカ様がこことペッテルの研究室と、地下書庫とをつないだらしい。ペッテルが『鍵』を受け取ったときに、そう設定されていたという」
「なるほど」
「開いてるんですか?」
珍しく、ペートリューが前に出てそう尋ねた。そういう滅多に使わない部屋は、通常、鍵がかかっている。
「もちろん開いてないが、会員は、自在に鍵を開けることができるんだよ」
そういう魔術を、会員で共有しているのである。
ルートヴァンが鍵穴もドアノブも無い扉に掌をかざし、魔術を思考行使。しかし、
「む……開いてるぞ」
と、いうことは……。
「だれか、先に入っているということですか?」
キレットがそう云い、ルートヴァンも、にわかに気を引き締める。
「そうなるな」
「ペ、ペ、ペッテルさんが開けたのでは~……?」
にわかに、ペートリューもソワソワしはじめた。
「いや、ペッテルは会員ではない。内側からも鍵は開けられないし、この部屋の外に出られないはずだ」
「で、では、では、ででっでででははは……」
「落ち着いてください、ペートリューさん」
キレットが、ガクガクと震えだしたペートリューの背中を軽く叩いた。
「たまたま、誰かが用事で入ったのでしょう……我らも、何食わぬ顔で入室すればよいのです」
「フ、さすがキレット、その通りだ」
云うが、ルートヴァンがドアを開けた。と云っても、ノブもないので、かざした手をそのまま横にスライドさせたのだが、まるで自動ドアのように扉が開く。
中は書架が3分の2、並んでいる台が3分の1といったレイアウトで、この部屋に限らないが窓は無く、魔法の照明が点いている。台の上も書架も、この施設には似つかわしくなくフルトス書類の束やよくわからない資料の入った様々な大きさの箱で雑然としていた。
4人は少し歩いて部屋を確認し、先客を探した。
「……誰もいないぞ」
ルートヴァンがそうつぶやいたが、
「殿下、あれを……」
ネルベェーンがその人物を発見した。
部屋の隅の書架の隙間で、だれかが床に座りこんで居眠りをしているではないか……。
「なんだ、あいつは……」
ルートヴァンが呆れた。
それもそのはず。なんと、昨夜、会ったばかりの……「古本屋のオッサン」である。




